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逃げた。逃げたというか、寝落ちた。マチと姉さんと一緒にお風呂に入って、マチの髪を乾かして。姉さんにせっつかれながら、うだうだしてたら寝落ちた。意図的じゃなかったとは言わない。言わないけど、態とじゃない。

「あんまり先伸ばしにした方が怖いと思うけど?」
「…既に怖いんだもん」
「そりゃそうよ。二日も我慢してたんだから」
「諦めて怒られなさい」
「わかってないわけじゃないけど…」

マチの前では。たぶんそんな感じの配慮はわかる。わたしに対してか、マチに対してかは知らないが。ということはマチと一緒にいれば何とかなるのでは?

「イズさん、わるいことしたの?」
「悪いことはしてない」
「わるいことしてないのにおこられるの?」
「それな。わたし何怒られるんだろうね」
「イズ、どれだけ心配したと思ってるの。本当はわたしたちだって怒りたいのよ」
「しんぱいかけちゃだめ?」
「絶対だめよ。マチも帰ったら、パパとママに怒られなさい」
「…おこられるの、いや」
「わたしも嫌。お揃いだね」
「お揃いじゃないわよ。幾つのつもり?」
「22歳児」

姉さんが呆れたように溜め息をつく。だって、明日も明後日も後でには変わりないもんね。そもそもわたしはわかりましたとは言ってない。

「じゃあ、22歳児のイズルちゃん?お迎えよ?」
「お迎えって、うわっ、待っ、」
「待たねェよ。どんだけ待ったと思ってんだ」

いつの間に背後に立っていたイゾウさんに、驚いて席を立つ。流石にここから逃げるのは無理。

「いや、あの、」
「おれとの約束すっぽかすたァ、いい度胸だなァ?」
「や、約束はしてないと思います」
「部屋に来いって言ったろ」
「わかりましたとは言ってにゃ、」

むぎゅ、と頬っぺを潰す手が痛い。…まさか寝ないで待ってたわけじゃあるまいな?髪。結ってない。珍しい。あと、何か…やっぱり顔色悪い?

「今ここで叱られんのと、おれの部屋とどっちがいい?」
「…、いきます。行きますってば!行けばいいんでしょ!」
「選ばせてやっただけ有り難く思え」
「どうもありがとうございます!」

ご飯途中なのに。久しぶりのモビーのご飯なのに。



***

「イゾウさん、マチのこときらい?」
「あら、どうして?」
「だって…、なんかこわい」
「ああ、それは…」
「こんな小っちゃい子にまで嫉妬するなんて、イゾウも相当ね」
「たぶんね、マチにイズを取られたみたいで寂しかったのよ」
「マチ、わるいことした?」
「イゾウが幼いだけよ。マチは悪くないわ」




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