▽ 09少年とお姉さんの日々
それからゼクスにとって新しい生活が始まった。
ゼクスは最初はどこかぎこちない様子ではあったが、いつも側で微笑む少女の存在に少しづつ緊張も解けていった。
アルーティアは村の学校に通っているらしいが、現在は冬休みらしく家にいるため一日のほとんどを彼女と共に過ごした。
「ゼクス君は学校はどうしてたの」
「行ってない…。でも、勉強は家庭教師に教えてもらってたんだ。部屋にはみんなが読まなくなった本とかあったしそれで勉強もできたし」
「へぇ〜自分でも勉強してたの?すごいわ。何を読んでいたの?」
アルーティアは興味津々にゼクスの話を聞いていた。
「戦争史、銃図鑑、兵站学とか…一番好きなのは山田提督物語」
「なんだか難しそうね。きっと私が読んでもさっぱり…君は賢いのねぇ」
「山田提督物語は伝記というか…小説だから難しくないよ。武蔵海軍の凄い提督の戦いの話だから」
「ほんとう?」
何気ない会話をするのが嬉しかった。
屋敷にいた時、こんな風に話を聞いてくれる人なんていなかったのだから。
とある日の食卓に、少しいびつな形をしたハンバーグが食卓に並んだ。
アルーティアは何故か控えめな様子で首を傾げると、ゼクスに恥ずかし気にはにかんでみせる。
「このハンバーグ、実は私が作ったの。あのね、ハンバーグは生まれて初めて作ったのよ。ちょっと形は悪いけど…食べてくれる?」
「うん」
ハンバーグを口に運ぶとじんわりと肉のうまみが口の中に広がるが、同時に内部がひんやりとしているようにも感じて。
ハンバーグの食べ口を見てみると違和感は的中、中は赤く焼け残っていたのだ。
「おいしい…けど、中が生焼け」
「え?そんな…」
ゼクスの指摘にアルーティアも自分のハンバーグを口にすると、焼ききれてない肉の違和感を感じ…火が付いたかのごとく勢い良く椅子から立ち上がる。
「…!!ほんとだわ!ごめんね、焼き直してくる!」
二人の食べかけのハンバーグを慌ててフライパンに戻すと、改めて加熱させるため台所へ駈け込んで行った。
それから数分…焼き直されたハンバーグをいざ皿に盛り直し、改めてそれを口に運ぼうとした時ゼクスは再び違和感を覚えた。
自分が食べていたハンバーグはもっと大きな食べ跡を残していたはず。
ふと隣のアルーティアの皿に目を移すと、そこには先程自分が食べていたハンバーグがそこにはあった。
「あ!それは!」
そう声を上げた時には、既にアルーティアはそのハンバーグを口に頬張っていた。
「ん?」
「な…なんでもない…」
既に時遅し。
ゼクスは妙に気恥ずかしく思いながらも、目の前のハンバーグに口をつける。
自分の食べかけが他の人に食べられ、自分は他の人の食いかけを食べる…大した事はないと分かっていても、子供心にすごく恥ずかしい気持ちになる。
ゼクスはもぞもぞとしたぎこちない様子でハンバーグを食べた。
「…ハンバーグ、今度は焼きすぎちゃった?」
「そんな事ない…おいしい」
しかしアルーティアはゼクスの煮え切らない様子の返答に違和感を覚え、少し寂し気に眉根を下げると柔らかに言う。
「おいしくないなら正直に言っていいのよ。料理の勉強にならないしね」
ゼクスはそうじゃなくて、と頭を横に振ると意を決して言葉を紡いだ。
「その…さっきのハンバーグ、間違ってた。その…お姉さんと自分の食べかけが入れ替わったんだ」
少年から告げられた意外な事実に、少女はふふっとからかうように笑う。
「え?やだ、そういうの気にするの?かわいいわね」
「かわいいって…年下かもしれないけど子供扱いしないで」
かわいいと言う言葉は年頃の少年にとっては心外だったため、少しむっとなって答える。
「ごめんね。でもゼクス君は何歳なの?」
「10才」
「そっか…私より4つ下なんだ。もうちょっと下かと思ってた。ごめんねからかって。でもやっぱりかわいいなぁ」
「だから、かわいいっていわないで…!」
「ごめんごめん。そうよね、男の子だもんね」
アルーティアはそう言いながらもゼクスの頭に両手を伸ばし、よーしよしよしと宥めるように撫で回した。
「だから、子供扱いはやめ…」
言ってる事とやってる事が違うが、彼女があまりにも嬉しそうにしているためゼクスはやめて欲しいとは強く言えなくなってしまった。
それどころか、こうして優しく触れられている事に安堵を覚えてしまっていたのだ。
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