氷雪の金狼 | ナノ

▽ 10 昼下がりの家族


ゼクスがアルーティアの元に来てから数日経過した。
アルーティアの冬休みもそろそろ終わりに差し掛かったある日の事だった。

冬の寒空を太陽が静かに照らす昼頃。
ゼクスはアルーティアと、そして彼女の父母と共に村にある動物園に来ていた。
動物園と言っても、特段珍しい動物がいる訳でない小規模な場所であったが、この村にある数少ない貴重な娯楽施設だ。

動物園どころか、こうして遊び目的で外に行く事自体初めてであったゼクスは、未知の世界への緊張と好奇心で満たされていた。

「わぁ…」

馬、羊、牛…。
ゼクスにとって、柵越しにじっと観察目的で動物たちを見るのは初めてだった。
動物を見る機会といえば…庭で訓練をしている時に見かけた空飛ぶ鳥たち。
死闘を繰り広げたあの白熊。
父親に訓練と言う名目で戦わされた、狂暴な犬や狼などの獣に…そして鷹などの猛禽類。
優雅に空飛ぶ小鳥以外は、自分に殺意を向けてくる敵でしかなかった。

目の前で走り周ったり、草を頬張ったりする動物達を少年は恐る恐る眺めていた。
ゼクスらの元へ馬が近づいて来た時、その馬が襲って来るのではないかと言う警戒心が不意に湧く。
少年は無意識に辺りに視線を這わせ、何か武器になりそうなものを探していたが、何かを察したようなアルーティアの囁きにはっと我に返る。

「怖くないわよ」

「…!!…襲って来ない…?」

「意地悪しなければ大丈夫よ、見てて」

アルーティアはいつの間に手に入れたニンジンを柵の隙間から差し出す。
目の前の馬は迷う事なくニンジンをかぷりと頬張り始めた。
少女は柵から手を伸ばすと上機嫌な馬の頭をポンポンと優しく撫でて、ゼクスの方を向いてふんわりと微笑んでみせた。

「ヒヒン!」

「ね、大丈夫でしょ?ここの子達は皆いい子なのよ」

「…うん」

ここにいる動物達はゼクスがかつて戦った凶暴な獣達とは違う。
人と共存する動物達。

(僕の戦った動物達は…皆怖い目つきだった。今目の前にいる子とは全然違う)

それから一行は小動物コーナーに足を運ぶと、早速アルーティアはウサギ達に目を奪われていた。
地面で群れているウサギ達の中でも、ひと際小さい黄色い毛並みの子がアルーティアの目に止まる。

「ねぇ、こっち来て来て!」

彼女は早速そのうさぎ抱き上げて、黄色い声を上げながら頬ずりする。

「この子ゼクス君に似ているなぁ。毛並みがちょっと黄色くて赤い眼だし、可愛いし」

「色だけで僕とうさぎを一緒にしないで」

「いいじゃない。ほらほら、だっこしてみて?」

不満そうに返事をしたゼクスに構わず、アルーティアはニコニコしながら少年にウサギを差し出した。
ゼクスは戸惑いつつも、慣れない手つきでおそるおそるウサギを抱いてみる。
こうして小動物と直に触れ合うのも、くすぐったいような奇妙な感覚だった。
人間に警戒する事はおろか、人参を頬張り呑気な様子で腹を見せている。
そんなウサギの姿にゼクスはどこか羨ましいと思った。

しかしこんな呑気な顔で、もひもひニンジンを食している小動物と似ていると言われるのは少年心には不服だった。

「可愛いかもしれないけど…僕とは全然似てないから」
「えーそうかな?あ、このモルモットとか、あっちのハムスター…ハムちゃんもなんだか似ている♪」
「だからっ、小動物に似ているって言われるのは嫌だってば…!」

いつもは大人しい少年がムキになっている姿が、アルーティアには可愛くて可笑しくてたまらなかった。


その後一行は園内の芝生にてシートを張り、その上で昼食を取っていた。
アルーティアと彼女の母、ウルスラが早起きして作った特製のお弁当がシートに並ぶ。
フレンチトーストに、ハンバーグ、サラダ…色とりどりのメニューを目にすると自然と食欲が湧いて来る。

アルーティアの母、ウルスラはフレンチトーストをお皿に盛ってゼクスに渡しながらと彼に話しかける。

「ゼクス君、こうして外に出るのも楽しいでしょう。」

ゼクスはウルスラの言葉にこくりと頷く。

「外に出られるだけでも嬉しい。…外の訓練の時以外は、ずっと地下にいたから。動物もね、初めてあんな風に抱いてみたり触れたんだ。その…なんて言ったらいいのか分からないけど…ちょっと変な感じだったけど…。………でも、楽しかった」

それからアルーティアの父、エイリッヒはハンバーグを頬張りながらゼクスに目を向けた。

「都会にいた君にはこんな所つまらないんじゃないかって思ったけど、気に入ってくれたみたいでおじさんも嬉しいよ」

「家から出してもらった事ほとんどないから…レギンレイブの街に何があるのかもよく知らないよ。…僕にとっては、ここが初めてだらけだったよ」

最初の言葉は少し寂しそうに、でも最後は少し恥ずかしそうな顔を見ながら少年は返す。


ご飯を食べ終わったのを見計らったアルーティアは、今まで食べていたのとは違う弁当箱の容器をバスケットから取り出した。
ゼクスの前にそれを差し出すとにっこり笑ってみせる。

「開けてみて?」

「うん…」

蓋を開けてみると、そこには黒みがかった茶色のクリームが乗ったケーキがあった。
前に彼女が作ったハンバーグとは違って、それは綺麗な三角形で切りそろえられていて形は悪くなかった。

「おやつのチョコケーキよ。食べて」
「これがチョコケーキ…?」

ゼクスは初めて経験する濃厚な甘い匂いに内心驚きながらも、フォークを手に取りそれを口に運ぶ。
するとチョコの甘みが口の中で広がり、頬がとろけてしまいそうな感覚に陥る。
自然と顔は綻んでその笑顔をアルーティアに向ける。

「おいしい…!こんなに美味しいの食べたの初めて…!」

「良かったぁ!これゼクス君の為に作ったのよ」

ゼクスは目をキラキラ輝かせながらケーキを頬張った。
今までにない少年の反応に少女は歓喜する。

「ゼクス君がそんなにはしゃいだ顔、初めて見た」


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