それは小さいけど大きな幸せでした。


夕暮れに染まる空を見上げて、なまえは1人ため息を吐いた。
白くぼんやり浮き上がったそれは空高く舞い上がっていき、次第に姿を消す。


そろそろ帰りたいな、誰もいなくなった公園を一望してブランコを漕いでいた足を止めた。


すると、その瞬間に視界が真っ暗になり後ろから待ち望んでいた声が降りかかる。



「だーれだ」

「…何してるの、明希」


冷えた指先を目元にあてがわれ、なまえはつい頬が緩む。

11月になっていきなりバイトをし始めた明希の帰りはいつも遅く、学校でも寝ている事が多くてなまえは寂しい思いをしていたのだ。



付き合いだしたのはもう1年も前なのに、気持ちはずっと冷めないままで。




「ただいま!」

「おかえり。疲れた?」

「ううん、なまえの顔みたらどっか吹き飛んだ」


満面の笑みを浮かべている明希は手を剥がしてなまえの横にしゃがみこむとポケットの中から何かを取り出す。


「手、出して」

「手?」


言われたとおり、左手を差し出すとひんやりとした金属性のものを握らされて、まだ見ないでと明希は笑う。

誰もいなくなった公園、次第に夕闇へと変わった空の下で2人だけの時間。


息さえも止まりそうなほど、手の中に握るなにかを見ないように心がけるなまえを見て明希は胸が温かくなるのを感じた。



「よし!見ていいよ」

「……え、なにこれ…」



そこにあったのはリボンの着けられた鍵のようなもの。
コインロッカーの鍵なのか、番号札が釣り下がっており"5"の鍵になまえは反応に困る。



「駅前のロッカーに、プレゼントが入ってます」

「…取りにいけって事?」

「一緒に行く?」

「うん!」



立ち上がった明希は右手を差し出して、早く、と急かした。
冷え切った自分の左手をそこに持っていけば、さっきより熱を持っている。
指を絡めて駅までの道のりを談笑しながら歩くと、1人で歩くより短く感じてなまえは体の中心がくすぐったいように感じた。


そしてたどり着いた駅前のコインロッカー。
駅前というだけで人の数は増して、ガヤガヤとクリスマスを盛り上げるように騒がしかった。


貰ったばかりの鍵を穴に指しこみ横に回すと、深呼吸してから扉を開ける。



「う、わぁ……?」



そこにあったのはキラキラ輝いて見えた、別のロッカーの鍵。
これにもまたリボンが掛けられている。



「はい、俺からのプレゼントー」

「…ちょっとふざけないでよ」

「ふざけてないよ。ほら、早く取って」

「……」



プレゼントでも入っているのかと思っていたなまえは落胆の色を隠せないままその鍵を取って、番号を見る。
それは"4"と書かれ、自分が目の前にしているロッカーのものではないようだ(札の色が違うからという直感でそう思った)。

するとイタズラな笑みを浮かべる明希は、今度地下にあるコインロッカーへ自分を連れて行き、再び開けろと催促した。


「今度こそ入ってる?」

「うん!」

表情を変えずに言う明希になまえはあんまりいい気がしなかった。

でもまさか、彼が用意してくれたのに開けないで帰るわけにもいかず意を決してその扉をあけると、なまえの嫌な予感は的中。
そこにあったのも、また鍵だ。


(今度は"3"?)


「はい、またさっきのロッカーに戻ります」

「…ねぇ、明希?」

「ん?」

「私で遊んでるわけじゃないよね?」

「まさか!」


地下へ降りてきた階段を上って一番最初に来たロッカーで"3"を探す。
使用中と書かれたそこに鍵を差し込めば、また鍵。と、ここでなまえはある事に気付いた。



「これ、カウントダウンしてる?」

「よく気付いたね!」


取り出したそれには"2"が書かれており、その数字が1になった時何か起こるに違いないとなまえは笑みを漏らす。


今日はクリスマス、明希が自分を裏切るわけがない。


それまで重たくなっていた足を迅速に動かして1の鍵を手にしたなまえは期待に胸を膨らませながら最後のロッカーを開ける。





「……明希」

「ん?どうした?」

「あのね、私ね、すっごい明希の事が好きでしょうがなくて、」

「うん」

「バイト始めたって聞いてから、一緒にいる時間が減るしすっごく嫌だなぁって思ってたの。連絡の数も減っちゃってたし、」

「そうなんだ」

「でもね、それでも明希が何かに頑張ってるなら自分も頑張らないとって思って色々我慢してたんだけど」

「うん?」

「……もう、頑張らなくてもいいかな?」

「…いいよ」




ロッカーの中には小さな、小さなダイヤのついた指輪が一つ置かれていて、その横には明希が書いた手紙が添えられている。
その指輪はいつか明希と出かけた時に酷く気に入ったもので、でも根が張る指輪を簡単に買う事は出来ずいつかお揃いで買おうねって約束していたのだった。

ただ、それはなまえからすれば口約束でしか捉えて貰ってないんだろうと寂しく思っていた事でもあり、その場は適当にあしらった明希に多少の幻滅もしたのも確かで。


まさか、今日、自分の指へと舞い降りるとは想像すらしていなかった。



静かに涙を流し始めるなまえを、明希は優しく腕の中に包んで、頭を緩く叩く。

周りの目なんて気にしていられない、その温かに身を委ねながらなまえは嬉しさを噛み締めた。



そろそろ帰ろうか、とほっぺにキスをした明希は照れくさそうに右手を差し出し、自分も左手を重ねる。




寒いのに暑いね、隣で囁いた彼氏とイルミネーションが輝く街に心から感謝をしたなまえだった。


end



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