甘さ控えめショートケーキ
「ね…いいの、こんな事してて」
「なんで?」
「っ……なんでもない…、」
寒い室内に広がるショートケーキの甘い匂い。
暖房をつけようと手を伸ばした私に明希が後ろから体温を重ねてきたから、寄り添ってたら寒くないね、なんて冗談で言ったらもっと体を密着させてきた。
その後は時間の流れるまま、本能が求めるままに温もりを共有し合って、折角のクリスマスなのに何してんだろって自嘲している。
「あ、はっぁ…やだ、くすぐったい」
「でも気持ちいいでしょ?」
「ばか」
本当ならば外を歩くカップルのように手を繋いで綺麗にデコレーションされた街に感動しつつ、2人だけの時間を楽しむのが今宵の定番なのに。
不運なのか幸運なのか、いつもと同じように明希は私の部屋に来て、いつものように私を抱いている。
キラリ、その左手の薬指の人とはどうなったの?
「あ、不安な顔してる」
「してない。ね、早く、キて」
「だーめ。もう少し」
もういいから、早く明希を感じたい。
私の不安なんてきっと彼には筒抜けなのだ。
友達として隣にいた期間は無駄にしていなかったのだから。
この先もずっと私は明希を思いながら、平行線を辿ってしまうのだろう。
(彼女になりたいなんて、)
「……も、やだ…っ」
「何、そんなにきもちいいの?」
「ん…気持ちいい、」
「なまえ?」
あーあ。駄目だな、私。
明希の素肌が自分を掠める度にそれを独り占めしたくなっちゃう。
なんで、指先は私を弄るのに口先に触れる事は出来ないのかしら。
こんなに、近くにいるのに。
「ケーキ食べたいし、早く、終わらせて」
「ケーキなら後で食べさせてあげるし、もう少し楽しもうよ」
「…じゃあ指輪を外しなさいよ」
「気になってた?」
明希の口から彼女の話を聞いた事は一度もない。
ただ、その指輪が付けられている長い時間は大切な存在がいると物語っていたし、こうして私を抱いた後だってそそくさと帰る。
情事の後の余韻なんていつもないんだ。私は彼にとって道具でしかないんだろう。
もう、疲れた。
きっとこの後明希はケーキなんて食べさせてくれないし、ただヤりたいだけなんでしょ。
這わされる指の熱が上がる度に私の心は冷めていく、否、冷ましていなければ沸騰して蒸発してしまう。
この期に及んで彼を手放したくないって思う自分が本当馬鹿で、泣けてきた。
(手放して、)
「なまえはどうして俺の事が好きなの?」
「はっ…あ…、?」
「好きなんでしょ、俺の事」
「違う…っん、馬鹿じゃないの」
「折角のクリスマスなんだよ」
「あァっ…ひ、あ、はあ、」
「恋人らしくしようよ」
「……なに、?」
繋がった部分が見えるようわざと体勢を変える明希はとても楽しそうに奥を突く。
さっきのどういう意味だろう。擬似でも恋人を装わないといけないのか?
だったら、首筋に這わす唇を、耳に滑り込む舌を、私に頂戴よ。
「可愛い」
「!」
「本当だよ。可愛い、なまえ」
「あ、ああ、あっん…」
「はい。プレゼント」
「ひゃ!?ああああぁあっ」
一点を絞るように突き上げたそこ、いつからか私のお気に入りになって数回ノックされたら頭が真っ白。
こいつ、憎たらしくも私の体については詳しい。
(もう、本当、意味わかんない…)
絶頂に達した自分の体は酷く重い、ぐったりしている私に覆いかぶさったままの明希は指輪を外して自分の唇に挟むと、もう一つプレゼント、とそれを私に運んだ。
口の中に放り込まれた銀色を弄ぶように明希が舌で遊ぶから、部屋の中には水音が鳴り響いて、初めてのキスなのに卑猥だなって思わず笑ってしまう。
「どういう意味?」
「恋人偽装作戦は大成功です」
「…はあ?」
「指輪を見る度悲しい顔をするなまえが堪らなく好きだったの、あ、今も好き」
「……本当最低」
おかしいな、今日で終わりにするつもりだったのに?
窓の外で降っていた冷たい雨が雪に変わった頃、嬉しさと悔しさに入り混じった涙が私の頬を伝い、それを優しく明希が拭うから敵わないと思った。
食べさせてくれたケーキはどうしてかしょっぱくて、いつか私だって明希に同じ思いをさせてやろうと自分からキスをしてやった。
end
- 1 -
[*前] | [次#]