覚めない夢の中で



人と言うのは非現実的な情景を目の前にすると、言葉を失うらしい。



「………」

「あは、すごい驚いてる」



木漏れ日が差し込む森の中。
父方の祖父母の家に遊びにきたのはいいが何もない田舎町は都会で育ったなまえにとって退屈の二文字に尽きる。

する事がないから森に足を踏み込むというのもまた、この田舎でしか出来ない特別な事ではあるが、自分の行為が実に浅はかだと認識したのは目の前の幽霊に話しかけられたとき。




「あんた…何者…」

「俺?この森から出れないで困ってる迷子くん」

「…意味わかんな…」

「っていうか俺が見えるの?」




不思議な事に少年らしくその人物は白いシャツに黒いズボンと赤が混じるスニーカーを履いていた。
普通幽霊と言うものは白い着物を纏っていると聞いたことがあるのに。



「へえ、俺の事見えるんだ!君、名前は?」

「え……やだ、近寄らないで」



見た所自分と同じ歳に見えるが、だとしたら16歳そこそこだろう。
この森から出られなくなったなんて、悪い冗談だろう。
死んだ人間は天国にいけばいいのに。


「怖がってる?…それもそうか、ちょっと待ってて」

「?」


それから少年は一瞬目の前から消え去り、その刹那まばゆい光を発してからもう一度なまえの前に姿を現した。




「透けて、ない…」

「これで少しはましになったでしょ。俺ね、マオって言うんだけど」

「……なまえ…」

「可愛い名前」



にこり、先ほどまで透き通っていた体は自分と同じようにはっきりと視界に現れ、微笑んだその表情はなまえの胸をノックした。
ビックリしている事に変わりはないがどうしてだろう、その笑顔はとても優しい。


地に足が着いた所でマオはゆっくりと手を伸ばしてなまえの手を掴むと、一つのお願い事をした。


叶えてくれなければ森から出さないと条件付きで。





**





「ないじゃない」

「確かこの辺なんだけど」



マオが先を進み、その後をなまえが追っていく。
足場の悪い森の中は夏だというのに少し肌寒く、遠くに聞こえる鳥の囀りが心を落ち着かせてくれた。



先ほどマオは優しい笑顔を浮かべたままで、自分の体を一緒に探してくれないか、とお願いしてきた。

さらりと言ったわりに結構ヘビーなお願いだ。だがそれを叶えなければ村には返さないと一瞬曇った表情に背筋が凍った。

聞かなければ帰れない。この人の言う事は絶対だと判断したなまえは大人しく従うことにしたのだが。



「本当に、森で殺されたの?」

「うん。心臓を一突きにされて、あっけなくな」

「言ってる事、結構重いんだけど」



その証拠と指差されたそれは白いスニーカー。先ほどはデザインかと思った赤は血の色だという。



「腐ってるのかな」

「知らない。っていうか、もう疲れたんだけど」

「…我が侭だな」



森に入ったはいいが、なまえは虫が苦手だった。
先ほどから草がゆれる度にオドオドと体を強張らせ、マオに抱きつく事も少々。
突然飛び出してくる蝶々や五月蝿い鳴き声の蝉に悲鳴は鳴り止まない。

ドンドン奥に進むに連れて薄れ行く村の気配にも心配は募るばかりだった。



「なによ、幽霊のくせに。自分の体くらい自分で探しなさいよ」

「…俺が見つけても、ここから出してくれる人間はいないだろ」

「……幽霊って面倒ね」


本当に幽霊なのか疑ってしまうのは掴むマオの腕の体温が自分と似ているからだろう。
触れる事が何より実感できないものであり、森を彷徨う中で少なからずマオに対する同情も芽生えている。



学校にマオみたいな人が居れば自分も少しは楽しい生活を送れていたのかもしれない。




「なまえ?」



下を向きながら歩いていたなまえは、はっとして顔をあげると心配そうな目と視線がぶつかった。
その目を逸らさずにマオは言葉を続ける。


「ちょっと目瞑って」

「え?な、なんでよ」

「いいからいいから」



この森に足を踏み入れたのは確かお昼前だ。
辺りはオレンジ色が広がり始め、そろそろお腹も空いてくる。

疲れもピークに達しているなまえは反発する気力すら衰えて、仕方なく幽霊の言う事をそのまま聞き入れ瞳を閉じる。




すると、唇に氷のような冷たい何かが当てられた。




「きゃっ」

「暖かいね、なまえのここ」



白くて細い指がなまえの唇をとんとん、2回弾いて、今されたのはキスだと認識した。
その指も、感じた温度は温かかったのに、どうしてマオの唇はこんなに冷たいのだろう。



「最低!いきなりキスするなんて」

「でも、疲れは取れたでしょ?」

「は?」




言われてみればそうかもしれない。
疲れた、と口に出した時よりもなまえの体は軽く空腹感もなくなっている。

それに、



「俺の事好きになったでしょ?」

「はー!?信じられない!」



ちょっとだけ、マオの死体が見つからなければいいとも思ってしまった。



***



辺りはすっかり暗闇が広がり、マオの死体は一向に見つからない。
携帯を持ってこなかったのは親に対する嫌がらせだが、なまえはここにきて始めて後悔をした。



「もう、帰りたい」

「なん。帰りたくなかったんじゃないの?」

「そんな事一言も…」

「幽霊は心の中まで見えちゃうんです」


大きなの黒目が真っすぐなまえを見つめて、違う?と顔を近づかせてきた。

寒くなってきた森の中、もう出口すら分らないそこは二人だけの世界に感じて妙な羞恥になまえは顔を伏せる。


「…ほっといてよ…」

「泣きたい時くらい泣けばいいのに」

「幽霊に言われたくない」


同じ人間のように頭を優しく撫でる手とか、抱きしめられる腕が体の力を取るように暖かく、1度目に酷く冷たかった唇は今度、とても熱くなまえを包み込んだ。


「俺、なまえが好きだよ」

「…なにそれぇ…」

「ま、もう死んでるから意味ないんだけど。いつかどこかでまた会えたらさ、もう一度言わせてよ」

「意味、わかんなっ…」

「幽霊だって恋くらいするんだよ」


すごいよね、まるで他人事のように笑ったマオに釣られて、自分まで笑顔が浮かぶ。

それを可愛いと褒めてくれたマオは左手の平でなまえの目を覆うように隠し、「またね」と3度目のキスを落とした。





















「なまえ!いつまで寝てるの!」

「いったぁ……」


蒸し暑い縁側の上、足をぶらつかせながら居眠りをしていたなまえを母は一蹴りして、スイカ食べるかと問いかけてきた。


「もー、あんたはおじいちゃん家に来てもだらしないわね!」

「…関係ないじゃん」


今まで森に居た筈、なまえは辺りを見回して幽霊の姿を探してみる。
だがそこはただの田舎町の一部で、遠くで蝉が五月蝿く鳴いているだけ。

とても幸せな気分だった、目が覚めてもなまえは体がふわふわするようにぼーっとしている。



「後で従兄弟も来るからちゃんと挨拶してよね」

「従兄弟?私に従兄弟なんて居たっけ」

「覚えてないの?まぁ、無理もないかもね。あんたと同い年よ。ほら、マオくんって居たじゃない」

「…マ、オ、くん…」



ドキン。

どこかで聞いた事がある様な名前になまえは何かを思い出そうとする。




「ほら、ぼーっとしてないで髪くらい梳かしなさい。その前にスイカ食べちゃってね!」

「…はーい」



どうやっても思い出せない何かを心に詰まらせながら一口含んだスイカはさっぱりした甘さで。
不思議と穏やかな気持ちにさせてくれた。




何か、長い夢を見ていた気もするがそれに特別意味はなかったのかもしれない。

目の前に広がる緑一面に深呼吸をして、従兄弟の到着を母親が知らせた。





「なまえ、また会えたね」

「どこかで会ったっけ?」

「ふふっ。さて、何処だろうね」

「?」


end



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