譲れない思い






それはまるで鉛のようになまえの心の奥底まで投下され、いつ弾けてもおかしくないようにカウントを始めた。

時限爆弾──彼の言葉一つで自分がここまで頭を抱えると思っていなかったなまえは、今日が体育祭であることも忘れてしまいそうでいる。



「おい、なまえ?どうした?」



満足に走りきる事が出来なかった100メートル走、それでも1位を獲得出来たのは女の意地かもしれない。





──お前って何やっても駄目だな。




体育館裏で蹲っている自分に声をかけてきたゆうやはクラスで一番仲がよく、なんでも話せる相手だ。
彼はこの後の1000メートル走で1位を狙うと豪語していた。それを笑うものはたくさんいるけど誰もが期待しているのだ。

今回の体育祭、優勝すれば賞金が貰える事になっている。



「別に、なんでも…」



素気なく返したそれが悪かったのか、いつも明るく振舞っている自分を心配したゆうやは隣にしゃがみこむと、大きな手で頭をぽんぽんと叩く。
その緩い動きと遠くから聞こえる歓声に思い出したくない残像が甦って。



「なまえさ、あいつと付き合うようになってから笑わなくなったな」

「…そんな事ないけど」

「何を悩んでんの?」



なまえに彼氏が出来たのはつい先月の事だ。
ずっと好きだったその人は一つ上の先輩で、誰にでも優しいような性格。
笑顔が素敵と惚れたはずの自分は、一ヵ月後になって冷静さを取り戻している。


「言えない、から聞かないで」

「でも辛いだろ?誰にも言わないから話してみろよ」

「…じゃあ…」



走り、疲れきった足で人影のない場所を探そうと立ち上がるとゆうやもそれに続いた。


校庭では、生徒達が借り物競争に躍起になっている。









昨日、憧れていたはずの先輩は自分を部屋に呼ぶなりベッドに押し倒した。
突然の事に驚いたが、男女の流れとしてはこれが普通なのかもしれないと、経験した事がないなまえはどうすればいいかも分からないままそれを受け入れた。
だが、シャツの裾から滑り込んだ手や、いつもとは違うキスに反応出来ないでいる自分を見て先輩はいきなり「やめた」と体を離す。


どうしたんですか?、ぎこちない敬語で続きを諭すと先輩は鼻で笑いながら、「お前ってつまんねぇ女」と暴言を吐き出した。

それでも僅か残っている好意はそれが挽回出来る様に頑張ろうとした。
慣れない舌使いで初めて目にする男性器を触発してみても、まるで反応がない事に落胆しているなまえに先輩は呆れた顔で「何をしても駄目だ」と2回目の暴言を吐く。


普通、こういう時はフォローするものではないのか。涙を堪える自分は恋愛漫画の読みすぎなのだろうか──。
















「…ん、っ…ふ……」

「口、あけて」

「ふっぁ……っ、」



土の匂いが立ち込める体育倉庫の中。
普段これでもかという位に納められている教具は全て取り払われ、今日一日誰も足を踏み込まないであろうその中で、ゆうやは壁に背を預けなまえの腰に手を回している。

体が密着するようになまえもゆうやの首に腕を回し、繰返される接吻に足の力が抜けないように必死だ。



昨日の事を素直にゆうやに話すと、彼は何も言わずに唇を寄せてきた。
戸惑いを隠せず目を開いたままでいるなまえに、ゆうやは優しく集中してみて、と微笑み、今に至る。

先輩にされても何も感じなかったキスも、誰かに見られるかもしれない高揚感からか爪先から痺れていくような感覚が自分を襲っている。これが、キスっていうの?



「なまえ、出来そう?」

「…うん」



腰に感じていた違和感に手を這わせると、先輩の時とは違った反応をしているそれが思っているより堅くなっている。
時間に余裕がない焦りから迷わず下着の中に手を忍ばせ、取り出してみるとゆうやは小さな声で、ゆっくりね、と吐息交じりに囁いた。



「…最初は、唾を垂らして」

「うん」

「塗る様に動かしてみて」

「…うん」


口の中で精一杯唾液を溜め込んで垂らし、ゆうやの言う通りゆっくり指を動かしていくと彼は腰を浮かせた。

暫くそれを繰返すと、肩に置かれた手に力が込められる。


「上下に、擦ってみて」

「こう?」


ぬるぬるするそれは水音を立てながらピクピク、反応していた。
上手と微笑んだゆうやはなまえの頭を撫でると、咥えられるか問う。
躊躇いがちに頷いてぱくり咥えると、その大きさに思わず喉が詰まった。


「そのまま、舌だけ動かしてみて」

「…うん」

「……はあ……っ」



一生懸命舌を這わせるとずるずるゆうやは壁伝いに腰を落とし、それに合わせて自分も膝をつく。

暫くそうした後で彼は私の肩を叩き、口放して、と切羽詰った声をかけてくる。

何か焦っているゆうやに少し反応が遅れた後は口内に得体の知れないものが飛び出して、思わず顔をしかめた。



「ゆうや…?」

「出して、それ」

「えっ」


あまりの苦さに耐え切れず既に喉の奥へと流し込んでしまった事を伝えるとゆうやは恥かしそうに目をそらした。
また怒られるのだろうか?
不安そうに見つめたままの私に気付いたゆうやは違う、と続ける。



「イったの、今」

「イった?じゃあ、気持ちよかったって事?」


よく分からない。
戸惑う私にもう一度唇を寄せると先ほどと同様に舌を絡められ、時限爆弾を背負っていたはずの心はふっと軽くなる。





ゆうやの息が整った後で体育倉庫から出ると、丁度1000メートル走の準備が始まっていて、誰にも見えないように手をぎゅっとつかまれる。

長身を見上げて何事かと窺えば、いつも通りに笑いながら彼は言った。



「俺が、1位取ったらあいつと別れて」

「……え…」

「んで、俺と付き合って」

「ゆうっ……」




そのまま走り去る後姿。

ゆうやが1位を取るなんて容易に想像出来た私は、クラス毎に分けられた席へ戻ることはせず"あいつ"の元へ向かう。




この時漸く、先輩の事なんて好きでもなんでもなかったと気付いた。


end



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