秘密に恋をする






放課後の図書室は誰もおらず、閉館の時間まで貸切状態。
その誰にも邪魔されない時間を楽しむのがしんぢの唯一の楽しみであり、趣味でもあった。

何度も読んだミステリー小説、ストーリーの展開も主人公のセリフを覚えてしまう程読んでしまったしんぢは何か違うものを探そうと席を立つ。



「好きだね」

「…みょうじさん」



同じクラスのなまえは3つ奥の本棚から顔を覗かせると、にっこり笑ってしんぢに近寄ってきた。
彼女はクラスの中でも人気がある。持ち前の明るさと嫌味のない性格、誰かを疑うなんてことをしない純粋さがいつも彼女の周りに人を集めていた。


だがそんななまえと同じクラス、隣の席でもしんぢは喋った事がない。

ただいつも隣で授業を受けて、視界の片隅で笑う彼女を見守っていただけ。



なまえを好きだと気付いたのは、1年前。





「もう、秋だね。あの時から丁度1年経っちゃうのかぁ」



早いねぇ、そう微笑むなまえはえくぼを浮かばせながら黙りこくっているしんぢの顔を覗き込む。
ひらっと風に舞ったスカート、リボンの外された胸元に思わず目を背けた。



「…二ノ宮くんは、あたしの事嫌い?」



丁度一年前の同じ日もこうして聞かれた。
あれは文化祭の準備をしてる時の話。
クラスに馴染めず何かを手伝う気にもなれなかったしんぢは一人、今日のように図書室を訪れた。
だが、運悪く図書室には鍵がかけられていて中に入ることは出来なかったのだ。
仕方なしに屋上へ上ると今度は先客が。

相手は気付いていないようだったので物影に隠れるように腰を降ろして一息つくと、同時に頬をぶつような音がしんぢにも届いた。

何かと思って目を凝らしてみると、そこにはなまえと隣のクラスの男子。頬をぶたれたのはなまえの方で男子はそのまま走り去ってしまった。


彼女が何をしたのかは分からない、暫く呆然とした後で立ちすくむなまえに近づいた時しんぢは思わず息を飲む。


泣いているように見えた彼女は、涙を必死に堪えて笑っていたのだ。










「嫌いじゃ、ないよ」

「…そっか」


誰もいない図書室は閑散としていて、2人の間にはなんだか気まずい空気が流れ込んでくる。

あの日、いつも明るくて友達に囲まれる幸せそうな彼女はただ強がっていただけなのだとしんぢは知った。

泣きたくてもぐっと涙を堪え、誰にも内緒ね、と微笑む笑顔は儚げで。

話したことはないけど、誰も知らないなまえの一面を見たことで心臓は驚くほどうるさかった。




図書室の外では文化祭の準備に忙しい声が響き渡り、同時に楽しそうな笑い声が聞こえる。
目の前でうつむいたなまえは微かに肩を震わせながら、ごめんね、と呟いた。




「どうして、我慢するの」

「…人前で泣いちゃ駄目って、おじいちゃんに言われたの」

「人前じゃないよ」




今は2人しか居ないよ。


持っていた小説は机において、そっとなまえを腕に包み込むと息を詰まらせながら彼女は泣き始めた。

ずっと我慢してきた涙をしんぢはなるべく見ないように、優しく頭を撫でる。
もういいんだよ、頑張らなくていいんだ。


君は一人じゃないからね。




「…また増えたね」

「ん?」

「僕達だけの、秘密」

「…ふふっ、そうだね」




夕日が沈み始めた頃、下校のチャイムが鳴り響き図書室は閉館。
涙で目を赤くしながらなまえはありがとう、といつも通りの明るい笑顔を浮かばせながら家路についていった。


最早文化祭の準備なんてやってられない。

抱き寄せた彼女の温もりが消えぬよう自分の腕をすり合せながら、しんぢはまた一つ、なまえを好きになったのだった。


end


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