本当の妹のように愛し、何よりも大切に想ってきた二人から嫌われることは、恋が叶わない事よりもずっとずっと辛かった。

そんなことは分かりきっていた筈なのに、いつしか頭の中は“隆ちゃんから逃げること“に支配され大切なものを尽く見失っていた。
 母に甘えられない私と同じ境遇である二人に辛い思いをさせたくないと、どんな時も傍に居てルナとマナを中心に考えていたのに。恋を成就させた幼馴染達を祝いつつ、心の底では羨ましく、妬みや僻みがあったのかもしれない。全く自覚はなかったけれど、振り返ってみれば渇いた笑みを浮かべていたような、下手くそな笑顔になっていたような気がした。
 人知れず積み重なっていったドス黒く醜い感情は、いつしかこの場を去りたいと言う逃避を力強く後押しするようになった。そしていつの間にかある種の目標や使命感とも取れるような感覚に変わっていった。土地を変えれば生まれ変われるとでも、憧れの人たちのようになれるとでも思ったのだろうか。愚かな自分に吐き気がするが、全てはもう遅いのだ。



 エマに全てを打ち明けた日、加害者の癖に醜態を晒しとんでもない迷惑をかけた。勝手に過呼吸を起こしとりあえず落ち着こうといつも通り対処した後、帰ろうとした私を佐野家のみんなは絶望的な目で見つめていた。マイキーは私を抱き締め、何故か涙を流している真一郎君も私達を包み込んだ。おじいちゃんは目を閉じて歯を食い縛りながら頭を抱え、エマは真一郎君とマイキーにしがみついていた。
どう考えても抱き締める相手を間違えていた。支えるべきだったのはエマの筈なのに。私は心底軽蔑されてしまったのだと思ったが、真一郎くんの真っ赤に充血した瞳はただ悲しみだけを映していた。マイキーは変わらず何か言いたげな目をしていたけど、いつもと違う黒に染めながらも何も言葉にすることはなかった。

「苦しみに気付けなくてごめんな」

「抱えてるものに…っ、気付けなく、っ、言えなかったのは…っ大切だったからだよ、ね、…っウチ、自分の、こと、ばっかり…っ」


 あぁ、この人達はなんて美しく優しい心の持ち主なのだろう。軽蔑するどころか、自分達の事を責め罪の意識に苛まれている。すると途端に自分が世界で一番汚らわしい物のように感じ、惨めで卑しいごみの塊のように思え身体が震えて止まらなくなった。
 底なし沼に嵌ったかのように、ずるずると音もなく光も入らない世界に入り込んでいく。でも何も感じない所まで堕ちたなら、もしかしたらそこは私にとってすごく心地よく幸せな世界なのかも知れない。





「はぁ…はぁ…、名前姉ちゃん…」

「ルナ、私はここにいるよ、傍にいるよ」

「…うわぁん、…うっ、ぐす、…名前ねえちゃん」

「マナ、泣かないで、ごめんね」


 勇気を振り絞り、間も無くこの地を離れることを伝えた結果、ルナとマナは揃って高熱を出し寝込んでしまった。慌ててママに連絡をし病院に連れて行ってもらったが、どこも悪い所は無かった。分かりきっていた事だが、つまりは全て私が原因なのだ。繊細でガラス細工のような心を守ろうと今日まで生きてきたのに、粉々にし踏みつけたのは自分だった。目を閉じれば赤ちゃんの頃からの笑顔が数え切れないほど思い浮かぶが、まさかそれを私自身が壊す未来が待っているとは、露程も思っていなかった。

 必死で看病して、マナとルナが回復したら死んでしまおう。
私なんかはもうここに居てはいけない存在なのだ。大切な人みんなを傷つけ、修復できそうにない程歪で抉るような傷跡を残してしまった。もう大学も就職も全てがどうでも良くなった。こんな私に未来などあってはいけないのだ。



「名前姉ちゃん…」

「ルナ、どうしたの」

「…ルナの事、嫌いになった?」

「そんな訳ないよ、嫌いなことなんて一つもないよ、違うの、全部、全部私が悪いんだよ」

「嫌いじゃないなら、それなら、よかった」

「…うっ、ぐす、…じゃあ、マナのせい?マナがおみそしるこぼしちゃったから?」

「マナのせいじゃないよ。二人とも大好きだよ」

 抱き締めて頬を撫で、柔らかい髪を梳かすと漸く眠りについてくれた。大きな目は可哀想なくらいに腫れ上がり、別人のようになってしまった。二人が起きた時にすぐ飲めるよう、コップと麦茶を取りに行こう。
台所に立つとガラスに映った自分を見て悲鳴を上げそうになった。充血し窪んだ瞳にカサついた唇、血の気のない顔。ボサつき四方に跳ねた髪、肉のない痩せ細った体。そう言えばマナとルナが寝込んでいるここ数日、水すらも碌に摂っていないような気がする。記憶や思考が曖昧なのは、栄養と睡眠が足りていないからだろう。悪夢のような現実から目を逸らし眠った所で、新たな地獄を見るだけだから眠るのが怖かった。何時間寝ていて何時間起きているのか最早見当もつかないが、死ぬことを決めて以来時間の使い方なんかどうでも良かった。

 死に場所を探し求めるのも良いが、このまま出歩けば通報されてしまうかも知れない。迷惑をかけないように死ぬと言うのは中々に難しい。勿体無くて殆ど使ってこなかった携帯だが、ここ数日は人生で一番活用しているような気がする。他人様に面倒を掛けないよう上手い事死ねた人のブログでもあれば良いが、残念ながらそんなものはある訳がなかった。




「マイキー、さっきから携帯ずっと鳴ってるよ。出なくて良いの?」

「うん」

「ぼーっとしちゃって、どうしたの?」

「名前の事考えてた」


 いつもの縁側、いつもの暖かい陽だまり、いつもと同じ畳の匂い。いつもと変わらない光景に包まれる、いつもと全く違う顔つきのマイキー。“心配“とも“同情“とも違う、何て名前をつけたら良いのか分からない感情を目に閉じ込め、おじいちゃんの盆栽をぼんやりと見つめている。

「次会った時に落ち着いて話をしようってあの日帰しただろ。でもなんて言うか、“次“がイメージできないんだ」

「どういう事?予定より早く行っちゃうって事?」

「なんて言うか、生きてるあいつが急に想像できなくなった」

「な、なにそんな、やめてよ縁起悪い」

「なんか胸騒ぎがするんだ」


 急に立ち上がるマイキーを呆然と見つめ、居間から居なくなってからはただ形が歪んだクッションを眺めていた。ガレージが開く音がしてハッとすると、裸足のまま慌てて後を追う。

「マイキー待って!ウチも連れて行って!」

「分かったからとりあえず靴履いて来て」

 嫌な予感がすると言いながらも落ち着いているマイキーは、ウチの準備が整うとすぐにバイクを発進させた。ぎゅ、と祈りを込めるように抱き締めると、温かく規則正しい心音が手から伝わって来る。狼狽えていた心が少しずつ落ち着きを取り戻し、しっかりしなきゃと自分自身に言い聞かせる事ができた。

 ただ平穏にいつもと変わらない日々を過ごしたいだけなのに。マイキーの感覚は人と違くて、霊感とか胡散臭いスピリチュアルな事じゃないけど、目に見えない何かが見えているみたいだった。どうか今回は思い過ごしで外れてくれればと願うけれど、待ち受けている未来はどうなっているのだろう。




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