33の話し
 話し合いから解散すると、僕は真っ先に浴室へと向かった。着ていた服はもうとても着れる状態ではなかったので、ゴミ袋に突っ込み破棄した。
 蛇口を捻り温かいシャワーを浴びていると、疲れが一気にやってきて全身に気怠さが襲う。腹は満たされたが、精神はずいぶん消耗していた。もし埃まみれではなかったら、そのままベッドに直行して数秒も掛からず眠ることはできるだろう。だが、あと数時間もしないうちに全員揃ってまた話し合いが始まる。一度でもベッドに転がり込んでしまったら、そのまま眠り続けて気がつけば夜でしただなんて成りかねない。
 埃やら泥やら汚いもの全て洗い流し、あれこれと身支度を整えた。僕はまだ濡れている髪の毛を乾かしながら、乾いた喉を潤わせる為にリビングへと向かった。

 ドアを開けると、すでに誰も居なくなったのか静まり返っている。たまにリビングで寛いでいる猫たちの姿さえもなかった。
 誰も居ないしどうせ数時間後に集まるのなら、部屋に戻らずソファーに座って仮眠を取ればいいかと思いついたが、すぐにその案は無くなることになる。
 キッチンに向かう時は気が付かなかったが、いざソファーに座ろうとした時にすで先約がいたのだ。
『珍しい事もあるもんだな……』
 少しばかり動揺して思わず独り言を呟いた。カウチソファーには、リーダーが窮屈そうにしながらも横になって眠っていたのだ。僕は足音を立てずにそっとリーダーの傍に近づいた。
 眉間に皺を寄せながらも、瞼を固く閉じて寝息を立てていた。僕はこんな場所で寝落ちするリーダーを見るのは初めてかもしれない。普段は徹夜ばっかりして、あいつはいつ寝ているのだと皆が言っていたのを思い出す。
 そう考えると、力尽きてここで寝てしまったのは仕方がないのかもしれない。そこに居るだけでも神経が削られるようなやり取りもあったのだ。それに短時間で組織を裏切るか決断するなんて、逡巡してしまうだろう。
 ……少しの間だけでも寝かせてあげよう。そう思い近くにあったブランケットを手にして、リーダーの身体に掛けようと思った。
「うっ………………んっ」
 突然リーダーは何やら苦しそうに呻き始めた。眉間の皺はさらに濃くなり、掌を強く握りしめている。一体どうしたのだろうか?リーダーの体調が悪くなってしまったのだろうかと焦ったが、すぐにそれが夢の中で魘されているのだと理解する。
 一度寝てしまえば夢さえも見ず、朝までぐっすりと寝てしまう自分だが、睡眠時に酷い悪夢を見て魘されてしまう人が世の中には多くいる事は知っている。
「――っ! はっ!」
「!!」
 額に汗を浮かばせ苦しんでいるリーダーに、自分は何をしてあげられるだろうと困り果てていると、突然リーダーは飛び上がるように起きた。危うくブランケットを落としてしまいそうになったが、しっかりと抱きしめた。
「だっ、大丈夫ですか……? なんだか……魘されていましたよ?」
「……あぁ」
 目を見開いて僕を見つめるリーダーに声を掛けると、ワンテンポ遅れたが返事が戻ってきたことに一先ず安堵した。だが、なんだか呆然と言うか心ここにあらずな様子を見て、また心配してしまう。
「リーダー……? 本当に大丈夫ですか? お水持ってきましょうか?」
「…………やめてくれ」
「えっ?」
 もしかしたら何か飲み物でも飲めば、少しは嫌な気分が晴れるのではと思い、何か考えこでいるリーダーに声を掛けたが、返ってきた言葉に思わず聞き返した。
「やめろって言ってるんだっ! そうやって良い奴ヅラして、油断させて何を企んでやがるっ!」
 突然の罵声に僕の頭は一旦思考停止した。自分でも情けないぐらい狼狽えた。何か気に触る言動でもしてしまったのだろうか?停止した脳をフル回転し、様々な事を思い出したが答えは見つからない。
「………………何故、そう思ったのですか?」
 声を震えさせないように、一息ついてから自分では見つけ出せない答えを聞いた。
――自分が一番恐れていたことだ。今のように他者に敵意という刃を向けられる事が怖くて、僕はまだ物心ついた頃から徹底して外面の良さを身に着けた。生きていく以上誰かから嫌われるという事は避けることはできないが、できる限りの防衛はしたかった。実際に両親の教育方針で、からかわれたり避けられる事はあっても、何も気にしていないように人の良さそうな顔で過ごし、誰にでも優しい振る舞いをしていれば自分の味方は増えたのだ。八方美人だと言われても、これが臆病である僕なりの処世術。
 ……だが、この一つだけは絶対だと言える。僕はこの暗殺チーム皆を大事に思っている。ろくでもない連中の集まりだろうが、まだ入ってから数ヶ月の新入りの身であろうが、誰一人欠けさせたくはないとも思っているのだ。
 だからこそ、リーダーに浴びせられた言葉は酷くショックを受けた。最初はいつものように、できるだけ柔らかい口調で弁明をしていたが、どんどん言い合いをしていくうちに、どうして分かってもらえないのだろうという苛立ちも芽生えた。あんなに声を張ったのはずいぶん久しぶりだったと思う。身の潔白を自分の口からしか証明することができない事に、僕は焦りと情けなさで押しつぶされそうだった。途中騒ぎを聞きつけたホルマジオが何とか仲裁に入ろうとしていたが、僕たちの押し問答を終わせることができなかった。
 焦り、情けなさ、ホルマジオに申し訳ないという罪悪感。そしてその感情が混沌し、悲しいという感情が出来上がったがそれを通り越すと、全ては自分が良い人という仮面を貼り付けていたのが元凶だったのではという自己嫌悪に陥った。
 リーダーと睨み合うという形になっていると、空気をぶち壊すようにプロシュートが部屋に入ってきて、そこで僕はホルマジオの他にも任務に行っていたメンバーが戻ってきた事に気がついたのだ。
「…………凜」
「………………なんでしょう?」
 シンっと静まり返った部屋に響いたのはリーダーの落ち着いた声だった。さっきまでの荒げた声調ではない。
「すまなかった。許してくれなんて言わない。……酷い言葉を投げてしまった事と疑ってすまない」
 いきなりリーダーは僕に向かって頭を深々と下げた事に驚いた。皆が息を呑む音も耳に入った。唐突の謝罪に僕は言葉を失った。リーダーも急に冷静さを取り戻したのだろうか?それとも皆が戻ってきたから、事態を終わらせるために形だけの謝罪をしたのかは僕にはわからなかった。
 だが、こうやって頭を下げてくれているのだ。ここで本当に終わらせないと、これからする重要な話が始められない。
「いいですよ。わかってもらえて良かったです。それに……みんな揃ったので、晩の事を話しましょ?」
 僕はいつもの調子で返事をすれば、ようやくリーダーは顔を上げてくれた。悲しい苦しいという感情が時々漏れていたが、僕はそれを押し込めて笑顔を貼り付けた。
 あぁ、自分はちゃんと笑顔を作れているのだろうか?……いつもは答えてくれる相棒は、部屋の隅にひっそりと身を隠していた。
*前表紙次#
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