アジトの移転先は
 テーブルの上には、様々な物件が紹介されたチラシが乱雑に置かれ、薄汚れた床には赤色のペンで大きく×印が書かれたチラシが落とされていた。
 あっちこっちから掻き集めた不動産屋のチラシは、どれもこれも家賃が高く予算を大幅にオーバーしていた。かれこれ二時間ぐらい”あれも駄目、これも駄目だ”と、紙ッペらとにらめっこしている状態だった。
「……ったく、こんな土地柄ってのに、どれもこれもクソ高いじゃあねぇか」
「仕方がないだろう。大人数で住めて、そこそこの家賃の物件ってのはなかなかないんだ」
「そしたらよ、このビルはどうしたんだよ? 駅から離れているとはいえ、ガレージと屋上もあるとなると、毎月結構取られてるんじゃねぇーの?」
 いい加減に目が疲れてきたプロシュートとホルマジオはそれぞれ不満を漏らすが、二人と同様にうんざりしていたリゾットは、溜息混じりながら持っていたチラシを床に放り投げた。
「そもそもこのビルは、もともと敵組織が所有していた廃ビルだった事を忘れたのか? うまく上の目を誤魔化してチョロまかしたんだ」
「……だけど居場所はバレてたな」
 ちょっと前の騒動を思い出し、今度は三人同時に深い溜息を吐いた。
「…………そういえばよ、オレ一軒だけ良さそうな所を思い出したぜ。小さいけれど海辺の近くにある家を見つけたんだ。もうかなり古そうだけど、誰も住んでいなさそうだ」
 探す作業にうんざりしたように、ホルマジオはボリボリと音を立てながら坊主頭を掻いていたが、何かを思いついたように表情を明るくさせ、一つの案を出した。
「本当に誰も住んでねぇのかよ? 実はどっかの金持ちの別荘でした〜なんて事ねぇよな? サーファー趣味だと、海辺に別荘持つとか珍しくねぇみたいだぜ」
「そんな捻くれるなよプロシュートよ。なんなら今から見に行ってみねぇか? ずっと写真眺めていたって何も始まらねぇし」
 決まったのは当然かのように、ホルマジオは机に置いた書類をザーッと流し落とす。”まだ確定じゃあねぇのに、ゴチャ混ぜにするな”というリゾットの苦情を聞き流し、勢いよくリビングのドアを開けた。
「どうせなら凜の奴も誘ってくるぜ。人数多いほうが賑やかで楽しいだろ?」
 軽やかな足取りで階段を駆け上るホルマジオの後ろ姿を見て、残された二人は今日これで何度目か数えていない溜息を吐いたのだった。
 
“今やる事ねぇーなら、ちょっとオレたちに付き合わないか?”
 それは、部屋でゆっくりしていた時に突如やってきた誘いだった。
 最初はあまり乗り気ではなかったが、それがアジトの移転先候補を探すという内容だという事で、僕はしばらく考えて出かける支度をした。
 ただ暇つぶし相手を探す為で声を掛けられたら断っていたが、仕事の事務所的な場所だし、万が一に此処と同じで住むようになるのなら、自分の目でしっかりと下見をしておきたいという理由があった。
――ガレージ前に出てみれば、すでに車は出発の準備ができていて、運転席に座ったホルマジオが僕を見つけると、『さっさと乗れよ』と言うようにジェスチャーを出した。
 古びた車の重いドアを開くと、後部席にはプロシュートとリーダーがすでに座っていた。
 ガタイの良い男二人と並ぶのも、窮屈で嫌だなぁと助手席に移るか迷ったが、唯一の空間はよく分からないガラクタや、食べかけの何かが置かれていて、明らかに不衛生そうでそこに座りたいという欲求はスンと無くなってしまった。諦めて二人には少し詰めてもらってから座ったが、やはりどこか圧迫感がある。チーム全員で使っているこの車は、けして小さい車体だという訳ではないが、身体の大きい人ばかり集まってしまえば仕方がないのだろう。
 ホルマジオは僕が乗り込んだのを確認するのと同時に、“行くぜ”と車を走らせた。

 淡々と告げられる面白味のないラジオニュースと、ホルマジオとプロシュートが交わすくだらない雑談を、僕は窓の外を眺めながらただ静かに聞いていた。隣に座るリーダーも、僕と同じで一言も口にすることはなかった。
 リーダーと言い争いをして、一応和解といった形で落ち着いたが、やはりどこかお互いに会話がギクシャクして気不味い雰囲気が続いていた。たださえ薄かった見えない壁が、更に厚くなったかのようだ。
 二人は会話をしながらも、時々その雰囲気を気にしながらチラチラとこっちの様子を伺っているのが、窓ガラスが反射してわかってしまう。それをどこか申し訳ないなと感じながらも、僕は会話に混ざる気分にはならなかった。
 しばらくすると、僕はふとした事に気がつく。どこか見覚えのある懐かしい光景だ。それは8年間ほぼ毎日のように通ったことのある道筋。
「そろそろ着くぜ」
 赤信号で一時停車すると、ホルマジオは座席から顔を覗かせ教えてくれたのだった。


「…………」
 微かに鼻を掠める潮風と、風にのって聞こえる波の音。
 まだ鮮明に記憶に残っている綺麗に彩っていた薄水色の外壁は、今はすっかりと薄汚れてしまっていた。かつての神経質気味なチームリーダーが、こまめに手入れをしていた小さな小さな庭は、枯れた雑草と、どこからやってきた葉が目立ち寂しさを際立っていた。
 僕はホルマジオがこの場所を見つけてしまっていた事よりも、まだたった数ヶ月しか経っていないのにも関わらず、人が居なくなった途端に寂れてしまった想い出の地の有様に、どうしようもない気持ちになって、言葉を無くしてしまった。
「ほー……まぁ、結構寂れちまっているけど、悪くねぇんじゃねーの」
 何も言わない僕に気が付かない様子で、プロシュートは呑気に移転先の候補を遠巻きに眺める。
「そうだな……。全員で住むにはちょっとばかし狭い気がしそうだが、車を停める場所もある。……あとは、中を見てみないと」
「だろ? なかなか悪くねぇ〜だろ」
「ッ! い、いやっ……ここは、あまり良くないかも」
 ずっと何も喋らなかったリーダーさえも、どこか乗り気な発言をする。二人の好意的な意見に、僕はどこか焦りを感じてしまった。ほんの一瞬だけ、また此処で今度は暗殺チーム皆で住むのもアリかもしれないと頭の中を過ぎったが、それでは8年間のギュッと詰まった想い出を上塗りされてしまいそうで、僕はつい待ったの声を出してしまう。
 当然ながらそんな僕の反論に、3人は僕に疑いの目を向けた。まるでせっかくいい兆しが見えたってのに、水を差すのか?とでも言いたげだ。
「反論するってことは、それなりに理由があるって事なんだよな? 聞いてやるから言ってみろよ」
「えっ、えっと……それは……」
 機嫌を損ねたように、プロシュートはぶっきらぼうに聞いてくる。至極当然の質問だが、『ここは前チームのアジトだから』と、普通に口に出すことが何故かできなかった。どうしよう、どんな理由を述べればいいのか。という事だけが頭を巡り、アワアワと言葉が出てこない。僕を見つめてくるプロシュートの不機嫌そうな視線に耐えきれず、僕は一か八かと言った感じで突拍子もない事をやっと口にした。
「いッ! …………いるんだよ、あの家にィ」
 突然の発言に、三人は何のことだ?と言いたそうに、首を傾げた。
「こんなこと言ったら、きっと馬鹿にされるって思ったんだけどさ……言ったほうがいいかなって」
「なんなんだよ、何が居るってんだよ? オメェーはペッシじゃあねぇんだから、はっきり言えって」
 苛立ちを隠しきれないように、徐々に眉間に皺を寄せていくプロシュートの顔を見て、僕は視線をウロウロさせながらも、言葉を続ける為に口を開いた。
「……ここは確かに寂れているし、家の中にはせいぜい鼠ぐらいしかしない。だけど……あの家には姿の見えない何かが居る」
「それはどういう事だ? 姿の見えない何かって言うのは、オレのようにスタンドで姿を消せるやつが住んでいるって事か?」
 ずっと黙って聞いていたリーダーが食いついた。半分ウソは付いているが突拍子もない発言に、意外にも呆れた様子ではないことが救いかもしれない。
「僕のノクターンは、影に入った者を認知する事ができる。例えリーダーみたいに姿が消せたとしても、存在があればそれに触れる事で性別まで把握できる。……だけど、ここの家にはスタンド越しから見ても、ソレがどういう存在なのか認識できないんだ。性別どころか、それが人間か動物なのか全くわからない。ただ一つわかる事は、確かにあの家には何かが居るって事だけ」
 勿論あの家には鼠だけ居て、そんな未確認生物は存在しない。確かにスタンドで人物の位置の特定や、世間で言う『幽霊』という存在に時々触れてしまうことは本当だ。だけど、そんな嘘を混じえても、あの家に住むことを阻止したかった。
 少々オーバーなリアクションと長々とした説明になって、誤魔化せないのでは?と不安に思ったが、”そんな馬鹿な”とポツリとプロシュートは呟くが、それ以上言及してこない。少なくても彼には誤魔化すことができたかと、案外単純な彼にホッと胸を撫で下ろす。
 残りの二人は……と、顔を上げればバチッとホルマジオのエメラルド色の瞳と視線が合う。彼の表情から、なにを考えているのかさっぱり読めない。
 どこか自分の偏見で、ホルマジオは一端の暗殺者の口から『オバケ』という単語を出した僕に、”ペッシ以上のマンモーナか?”だなんて、からかってきそうなタイプではあるが、今はそのどこか冷たいと感じさせる表情を見て、自分の予想とは違って逆に怒らせてしまったのでは?という後ろめたさと、余計な事を言わずに、家に踏み込む手前で『ポルターガイスト現象』的な事をやって、適当に脅かした方が最善の行動だったんじゃないか、という後悔が出てくる。
「とても信じがたい話だ……確かにスタンドという一般人には認識できない存在はある。だが、幽霊やらオバケという存在は、人間が弱った時に見える幻覚だろう。例えるなら……幼い子供が、眠りにつく時、ふと家具やクローゼットの隙間にできる暗闇を見て、何かそこに居るのでは?という、疑心や妄想に近い」
「うッ……そんな風に言われても、そういった存在はちゃんといるんですよォ……」
 怪訝そうに眉間に皺を寄せているが、どこか哀れみの顔をされてしまっても、僕は思わずつい言い返してしまう。やはり数え切れない人数を殺害している相手に、今更オバケとか幽霊だとか、そんな脅しネタは効かなかったかもしれない。
「幽霊ねぇ……しょ〜がねぇ〜なぁ〜。せっかくいい場所を見つけたってのに、幽霊じゃあ諦めるしかねぇーか」
「えッ!?」
「おいおいおいッ。ホルマジオホルマジオよぉ〜まさかテメェ、ギャングのくせに幽霊にビビってんのかァ? オメェーは、そんなタマじゃあねぇーだろが」
 僕の話を信じた(?)ホルマジオに、まさか!?って感情が出てつい素っ頓狂な声を出してしまう。 
 プロシュートはホルマジオの呟きに、半分は怒りながらもからかうようにホルマジオに詰め寄った。
「この話ってしなかったか? ……いや、しなかったかァ。これまで何回か、昔殺したターゲットの亡霊とやらが部屋の隅に突っ立ててよォ〜別に実害がねェーから放っておいたんだが、連れ込んだ女が見える奴だったみたいでよ。”変なモン引き込む男とはゴメンだわッ!”って盛大に振られた事もあってよォ。なんだかんだ幽霊関係で、碌な目にあってないんだわ」
「だからって……」
「ほらな、こういった話はなっかなか信じてもらえねぇーし、バカにしてくる奴がチームにいるだろ? だから言わなかったのもあるし、何故か今のアジトでは幽霊は出なかったから、見えちまうことさえ忘れてたぜ」
 飄々と発言するホルマジオに、プロシュートは『まるで信じられねぇぜ』と思っているかのようにポカンと口を開いていたが、すぐに気を取り戻してバシバシとホルマジオの肩を叩く。
「なんだよォ〜そんなに叩いたらイテェーじゃあねぇーか」
「ホルマジオよォ〜連れ込んだ女に見えたって言うんだから、昔遊んだ女の生霊じゃあねーの? 女遊びはほどほどにしとけよなァ〜」
「おいおいおい。それはお前に言われたくないぜ〜」
 プロシュートとホルマジオのする会話は、あまり品の良い内容ではなかったが、ここ最近ずっと重たい雰囲気に少し疲れていたせいもあったのか、僕は思わず軽く吹き出してしまった。
「凜も笑うなよォ〜。そもそも『幽霊』ってのを言い出したのは凜じゃあねぇーか。……ったく、本当にしょぉ〜がねぇ〜よ」
 そう言いながら食らわされた軽いデコピンは、ちょっとばかしジンジンと痛かったが”さっさと、撤収しよーぜ”とホルマジオは、プロシュートとまだどこか納得できていなさそうなリーダーを車に誘導してくれたのだった。

 とんだ嘘をついたことに少しばかりの罪悪感はあったが、この家が移転先の候補から外れてくれた事に安堵する。僕も寂れたしまった想い出の場に後ろ髪を惹かれながら、三人の後を追って車に乗り込もうとした。
「……なぁ、凜」
「えっ?」
 フロントドアに凭れてミネラルウォーターを飲んでいたホルマジオに呼び止められた。唐突の事に戸惑い、後部席のドアノブを掴む手を止めた。じっと僕を見る目は、さっきの幽霊発言をした時と同じような、何を考えているのか読めない無表情だった。
「飯、また奢れよなァ〜」
「それは別に構わないけど……」
「…………ちゃんとした理由は、その時しっかりと教えろよな」
「あっ……あァ〜」
 僕はどうやら、彼に面倒な三文芝居をさせてしまったらしい。なんだかんだやはり、僕の嘘なぞ見抜かれていて、それでも敢えて乗ってくれたのは優しさか、食費を浮かせるためなのかはわからない。
 それでもせっかく見つけた移転先の候補を潰させただけでなく、説得が難しそうな二人を丸め込んでくれた事には、きっちりと感謝はしないといけない。
「もちろん。前回よりも良いお店でね」
「おッ! そいつは楽しみだぜェ〜。オレは容赦なく食べるからそのつもりでなァ〜」
 やっと笑顔を見せたホルマジオに、ちゃっかりと釘を刺されつつ、僕たちは車に乗り込みアジトに戻ったのだった。
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