27の後の話
 潜入しターゲットに接触しなくてはいけない任務というは、こんなにも苦痛で大変な事だなんて初めて知った。いろいろと勉強にもなったが、できればやりたくないものだと、僕は報告書をまとめて任務を振り返っていた。
 もしも今度麻薬絡みの潜入任務が入ったら、こっそりとガスマスクでも用意しておこうと僕は考える。なぜなら一度してしまった失敗というは二度としたくないものだから。
 リーダーに提出する為に、僕は書類を片手に二階へと降りる。リビングのドアを開ければ暇そうにTVを見るホルマジオに、僕と任務を一緒に行動したメンツが揃っていた。彼らもリーダーに出す報告書にブツブツ言いながら書き込んでいるなか、キッチンでは本日の食事当番であるペッシが夕飯の準備に取り掛かっている。出かける前に居たメローネは、バイクでどこか外出しているのだろう。
「リーダーは執務室に居るかな?」
「あぁッ!? ……あぁ、お前か。見りゃあ、わかるだろ? っていうか、もう終わったのかよぉー」
 僕の問いかけに応えたのは、意外にもギアッチョだった。彼は報告書に手こずっているのか、イライラとした様子で髪を掻きむしりながらも、律儀に執務室のドアに向かって自分の親指で指した。
「ありがとう」
 キッチンからの小気味よい包丁の音と、漂ってくるいい匂いにお腹を鳴らす。せっかく任務で人を殺しても、その死体にありつけず消費したエネルギーを補えないなんて勿体無い事だ。
 今日の夕飯はおかわりしようと思いながら、執務室のドアをノックした。

「リーダー。今大丈夫ですか?」
「……あぁ、どうした?」 
 リーダーは運転するだけだったが、任務前は不測の事態に備えて上質なスーツを着ていた。だが、今は普段着のラフな格好に戻っていた。
 帰宅後の一杯らしく、リーダーの片手には黒く苦そうな珈琲が入ったマグカップを持って時々口に運んでいる。そんなリーダーに僕は写真が添付された仕上げた報告書を渡した。
「早いな、この件はそこまで急がなくても平気だぞ?」
「いえ、後回しにしてしまうとうっかり忘れてしまう事もあるので。休憩中にすみませんが、一応確認お願いします」
 リーダーは書類を受け取ると、静かに目を通し始めた。部屋の中は自然に沈黙が生まれる。時々ギアッチョが癇癪を起こす声やそれを牽制する声だったり、ペッシがコンロをつける音がやたら賑やかで、不思議と気まずいという空気はない。たまに僕のお腹も鳴っていたが、その賑やかな音で掻き消されてリーダーに聞かれていないと願いたい。
「……大丈夫だ、ご苦労だったな。しかし……ずいぶん派手な殺し方をしたもんだな」
「えっ、あぁ。最初は四肢を引きちぎるとかそういうのにしようかと思ったんですが、何せ縄で拘束していたので」
 不意に振られた問いかけに、一拍遅れながらも、僕は返答した。身体を引きちぎるか、全身無数の串刺しとかも色々考えたが、アレのほうがインパクトが強いと思った上での結果だった。
「なるほど。確かにこれは常人には真似はできないな。……ところでさっき、少しだけイルーゾォから聞いたが、麻薬を吸い込んだらしいな?」
「……彼から鏡を渡されていなかったら危ない所でした」
 ついさっきまで反省していた点を、リーダーから指摘されて思わずドキッとした。あまり想像したくはないが、もしもあの時ペンダント無しの単独状態であったら自分はどうなっていただろうと、背筋にゾクッとしたものが走る。
「鏡に逃げられなかったら……お前はあの男達に良いようにされていただろう」
 空気がピリッと張り詰められたような気がした。音もなくリーダーは立ち上がり、どこか冷めた目で僕を見ながら距離を詰めてくる。蛇に睨まれた蛙のような気分というべきか、距離を取らないといけないと頭の中では考えているのに、脚が動かない。
「麻薬で思考を鈍らせ、気分や感覚だけを高揚させる。男数人がかりで押さえつけられて、裸にされて後は玩具のように使い回される。精神も身体もボロボロになった子たちはまともに生活を送れていない」
 リーダーは抑揚のない淡々とした声調で説明をすると、これは被害者達が今までやられた事だと付け足した。僕はその内容に思わず顔を顰めさせてしまったが、無表情だけれどリーダーがどことなく怒っているように感じて、僕はすぐに表情をもどした。
「……凜も、一歩間違えればそうなる所だった。その歳頃の振る舞いをさせたオレが言うべきことではないが」
「いえ、僕の不注意が大きいですし。リーダーが気に病むことはないです。それに……僕だって暗殺者です。ただやられるだけでは終わらせませんよ」
「ほぅ……? もしもその男達が、オレ達みたいな殺し屋だったとしても? こんな風に明るい場所で襲われて、スタンドが使えない状態でも?」
 僕の返答が気に入らなかったらしく、本当に怒らせてしまったようだ。リーダーは、あっという間に距離を縮めて、僕の手首を強く掴みリーダーにへと引き寄せられた。大蛇のように太い片腕で腰を拘束され、僕の手首を掴んでいた手は、大きな手で締めるかのように僕の首へと添えている。
「……あっ……」
 背筋に冷たいものが流れたような気がした。リーダーは真っ黒な瞳で氷のように冷たい視線を僕に注いでいる。まさに人を殺す時の目だと言うのが正解だろう。情けないが僕は突然な事に、ただ驚きの声を出したまま何も喋ることができなかった。少しでも何か口にしたら、首を締められるどころか捻り潰されそうな気がした。
「………………すまない。少し頭に血が登ってしまったようだ」
 しばらくの沈黙の後、リーダーは僕の拘束を外してくれた。どこか罰が悪そうにする彼に、僕は謝罪をした。任務の結果は成功ではあるが、経過が危なかったのは事実だ。
「いやっ、その。もし何かあったらオレの責任になり、お前を傷つけさせる結果になる所だった……」
「リーダー……」
 気まずい空気に、僕はなんて言えばいいのかわからなかった。命を奪う仕事をやっていれば、傷つくことなどいくらでもある。それは肉体的にも精神的も同じだ。それなのに、どうしてこの人はここまで気にかけてくれるのだろう。上司だからというのもあるだろうけれど、仲間の為に怒り心配し憐れむ気持ちを持つこの人は、少なからず僕よりもできた人だと尊敬してしまう。
 ――コンコン。
 この気まずい空気を破ったのは、控えめなノック音だった。
「リーダー、飯できましたぜ」
「………………あぁ、今行く」
 リーダーはドア越しでの会話を終わらせると、僕の顔を見た。リーダーのその表情は、さっきとは違い少し穏やかに見えた。
「行こう。パーティーで食べそびれて、腹減ってるんだろ?」
 そして、さっきから鳴ってる音が聞こえていたぞ、とどこか意地悪そうな顔で指摘すると、執務室を出て行ってしまった。
『聞かれていたか……』
 恥ずかしくなって思わず独り言をつぶやくが、それに反応するのはからかってくる相棒だけ。思わずうるさいと言いながら、僕も食事を楽しみにしながらリビングへと向かったのだった。

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