ホルマジオと猫
 イタリア南部中央部にある『マルタ島』という小さな島には、とにかく沢山の猫が住み着いていて猫好きの聖地と言われているらしい。その由来に、猫に魔除けの力があると信じていた古代エジプトの王朝が沢山の猫を持ち込んだらしいとか。そしてこの島は猫だけではなく、治安もよくリゾート地でもある。
 先日、本屋でなんとなく惹かれ買ったこの猫の写真集にはそんな補足が書いてあった。ここイタリアでは『マルタ島』の他にも、ローマやシチリアなど猫が沢山いる地域が数多く存在している。ネアポリスの街でも時々猫を見かける事があるが、大抵はそのへんの地面に散らばっているゴミを漁っていたりしているので、ちょっと微妙な気持ちになったりする。
 街並みや海を背景に撮られている猫の写真集を眺めて、機会があればいつか行ってみたいものだと本を閉じた。

 今日の少し遅い朝食は何を食べようかと考えながら、僕はリビングに入った。時間が時間なのか、リビングには誰もいなかった。いつも誰かしらはいるので、珍しいなと思った。きっとリーダーはリビング隣の執務室に籠もってはいるのだろうけど、こんなに静かなのは新鮮な感じがする。
「……ニャーオ」
 誰もいなかったというのは、訂正しよう。ソファーの背凭れで見えなかったが、一匹のトラ猫が我が物顔でソファーに丸く寝そべっていたのだ。
 アジトに猫……?どこから入ってきたのだろう。誰かがガレージを開けた時にこっそり忍び込んだのか、窓や屋上から入ってきたのか、それとも誰かの飼い猫か?
 敵組織のスタンドであるとか……それは流石にないであろう。こっちの気もしれないで、呑気に欠伸をしている姿を見ると、お腹が減っているから碌な事しか考えないんだと思い、朝食を取ることにした。

「…………そんな目で見られてもなぁ」
 僕が朝食を取っていると、猫は食べ物の匂いに気がついたのか物欲しそうに、こっちをジッと見つめてくる。お腹が減っているのだろうか?でも、人の食べ物をホイホイと猫にあげてはいけないと言うし。
 猫はいつまでも貰えない事に痺れを切らしたのか、身体を起こしてゆっくりと僕に近づいてくる。人馴れはしているようだけれど、どうしようかと困った時だった。
 ガチャリとリビングのドアが開き、猫は驚いたように素早い動きで僕の膝上に逃げてきた。
「おーい。……どこに行ったんだか」
「もしかして、この猫の事を探しているの?」
 片脇に大きな包を抱えて、リビングに入ってきたのはホルマジオだった。何かを呼ぶような事を言っているので、もしかしたらと思い声を掛けた。
「んっ……? おぉっ、なんだそこにいたのかよぉ。しょ〜がねぇ〜なぁ」
 猫は僕の膝上で、毛を逆立てホルマジオを威嚇していた。よくわからないが、結構嫌われているようだ。ギャアッ!と猫は短い悲鳴のような鳴き声を出して、手を差し伸べたホルマジオを、容赦なく鋭い爪で引っ掻き回した。
「だっ、大丈夫……?」
「いってぇーっ! ひっでぇ猫だなぁ。ちょーっと瓶に詰めたぐらいで、そんなに怒るなよぉ」
「…………」
 なんとなく察したが、そんな事したら嫌われてしまうのも当然だ。なんて声を掛けていいのやらと、言葉を考えた。
「ねぇ、ホルマジオ。この子お腹が空いているみたいなんだけど、餌ってあるの?」
 少し落ち込んでいる彼に聞いてみると、ホルマジオは、キッチンにある戸棚から猫のイラストが描かれたパッケージを持ってきた。ちゃんとアジトに常備している事を初めて知って、なんとなく面白い発見をしたと思えた。
「ほれっ、餌だぞー」
「フーッッ!」
 餌が入った容器を差し出しても、猫は威嚇するのをやめなかった。猫は猫なりに、よっぽど怒っているらしい。膝上から降りようともしない猫を見て、もしかしたらと思いホルマジオに一つ提案する。
「……ちょっと僕があげてみてもいい?」
「あぁ、やってみてくれ」
 容器を受け取ってそっと猫の口元に運ぶと、威嚇するのをやめて勢いよく餌を平らげてしまった。自分がやった時と違って、素直に食べた様子にショックを受けたのかホルマジオは肩を落とした。
「オレより、凜の方がいいのかよぉ〜」
「猫だって一応感情はあると思うよ。無理矢理狭い場所に押し込められたら、嫌な思いはするだろうし」
 空っぽになった器を置き、少し落ち着いた猫の顎を優しく撫でた。ゴロゴロと気持ちよさそうにするその姿は、やっぱり愛らしいものだと思う。
「凜って猫好きなのか?」
「好きだよ。残念ながら飼ったことはないんだけれどね」
 話しながら撫でていると、猫はご機嫌を取り戻したようで軽やかに膝上から飛び降りた。あんなに甘えていたのに、用が済んだらそっけない所も可愛いというはちょっとズルいなと思う。
「へぇ。じゃあ、オレが任務で居ない時にでもあいつの餌やり頼もうかな」
「えっ、いいの?」
「他のやつらにだと、ちゃんと餌やってくれるのはリゾットぐらいだしよ。凜なら安心して頼めそうだ。……いつも使っているのは、ここのメーカーのやつだぜ」
 そう言ってさっき脇に抱えていた包を開けると、戸棚から取り出したのと同じ物だった。
「そうそう、猫はあいつ以外にもいるんだ。と言っても、自由に外に行ったりして居ない時もある。というか、アジトでくつろいでいる猫はだいたいオレの顔馴染みなんだ」
 これからよろしく頼むぜ、オレは任務に行ってくるとホルマジオは気分良さそうに報告した。
「うん、気をつけて」 
 リビングを出るホルマジオの背中を、僕は見送ったのだった。

 大量の猫も美しい街並みあるリゾート地もいいけれど、僕にとっての猫の聖地はすぐ近くにあったらしい。足元に寄ってきたトラ猫を抱き上げ、柔らかい毛並みに頬ずりしながら思ったのだった。
*前表紙次#
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