ようこそトラットリア『SPERANZA/希望』へ 2
 我らがパッショーネの給料日は、おおよそ月の終わりに現金で渡される。今の時代に振込ではなくて、まだ手渡しなのか?と思われるかもしれないが、電子化された物だとトラブルがあった時にいろいろ面倒事があるとかないとか……?。
 そして実はこんな裏社会でも、堅気の企業と同じように簡単な給料明細書もある。ただそれは勤務日数とかではなく、こなした任務の数だったりとマフィア向けの明細表記になっている。まともな会社の物と見比べてみると少し面白かったりするのだ。
 本日は働く者たちにとって、心待ちにしている給料日である。リーダーに執務室に呼び出され、今月のお前の分だと封筒を手渡された。
「書かれた金額と一致するか、念の為に確認してくれ」
 茶封筒の封を開いて、言われたとおりにまず明細書を取り出した。
「…………」
 やっぱりだ。やはり、今月も少ない。
 まだこのチームに移った当初は、任務の数は片手に入るぐらいだったから、給料が少ないのは納得だった。だけどだいぶ多くの数をこなしている今、この給料は少しばかり納得はできなかった。
 前チームの時はきっと口止め料も入ってはいたのであろうが、少ない任務日数でも悪くない額だったのだ。
「……どうかしたか?」
「あっ、いえっ、なんでもありません。……はい、大丈夫です。しっかり金額合ってます」
 僕は無意識に、眉間に皺を寄せていたらしい。リーダーから心配そうに声を掛けられ、慌てて受け取った金額を確認したのだった。

「はぁ……」
 少し溜息をつきながら、いつものようにトラットリアの店先を掃除をしていた。
 うちのチームが金欠気味だという事は薄々気がついていたし、冷遇されているという噂は耳にした事もある。だけど、まさかここまで……だと思ってもいなかった。半分ぐらい変わってしまった報酬金額を突きつけられて、現実を知ったと言うべきだ。
 いくら酒や煙草をしていなくても、家やバイクの維持費がある。食費は半分この店に助けられているからとはいえ、これでは生活は厳しい。なので、ここ最近は任務がなければ朝から晩までのシフトで働いている。
「よぉ、凜。今日はずいぶん早い時間から働いているんだな」
「よっ! おはよ凜っ!」
 掃除も終わったから、そろそろ店内に入ろうとした時だった。背後から落ち着いた声と朝からやたら元気な声に話しかけられた。
「……おはようございます。お二人様」
 後ろを振り向けば、そこに立っていたのはブチャラティさんとナランチャ君だった。あまり見ない組み合わせに、少し珍しいなと思いつつ笑顔を貼り付け対応した。
「へぇ……この時間帯はあまり人がいないんだな」
「えぇ。今の時間帯はだいたい決まったお客様しか来ないんですよ」
 普段はお昼を過ぎた時間帯に来る事が多いブチャラティさんは、キョロキョロと店内を見渡した。
「この時間帯にしか置いていないメニューもあるので、よかったら御覧ください」
 朝食限定のメニューを二人に渡した。ナランチャ君はオレこれが食いたいなと朝食セットを注文し、ブチャラティさんはもう食事を済ませたのか珈琲を頼むであった。

 ここ最近お客様がほとんどいないこの時間帯に、レジで折り紙を使っていろいろ作る事が日課になっている。なんで仕事中にそんな事して遊んでいるんだ?と問われると、これも仕事のうちだからとしか言えない。
 以前何気なく作った鶴を店長とオーナーに見せると、たいそう気に入ってくれたのだ。それならと、何個か作ってレジに置いたら欲しがる人が結構いたので、時間が空いた時に作って……とそんな流れだ。紫の折り鶴が作り終わると、ごちそうさまとブチャラティさんが会計しに来る。
「なぁなぁ、前から思っていたんだけどよ。これって何なの? ……ご自由にって事はもらっていいのか?」
「やめろナランチャ。凜を困らすんじゃあない」
 ナランチャ君は、レジに置いてある小さな籠から一つオレンジ色の鶴を摘むと珍しそうにしげしげと眺めた。
「それは、簡単に言えば紙で作った『鶴』っていう鳥ですね。……沢山あるので、お気に召されたのなら差し上げますよ」
 その為に作っているのでと付け足せば、ナランチャ君は嬉しそうにし、ブチャラティさんは少し申し訳なさそうにした。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
 ドアを開け接客のマニュアル通りな挨拶をしたが、店を出かけたブチャラティさんは何かを思い出したかのように足を止めた。
「お忘れ物ですか?」
「いや、大丈夫だ。……元々このへんは毎日何かしら起こるから今更だが、一昨日に物騒な事件があったんだ。凜も気をつけろよと言おうと思いだしたんだ」
「はぁ……それは怖いですね。気をつけます、ありがとうございます」
 ニッコリと笑ってお礼を言って、今度こそブチャラティさんは店を出ていった。

 彼からの忠告に、そんなのギャングの自分に言うなんて可笑しな話しだなぁって一瞬面食らってしまったが、一般市民だと思われているからこその言葉なのだろうと理解した。
 せっかくの言葉にちょっと申し訳ない気持ちを持ちつつ、僕は今日も副業に励む一日だった。
 

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