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5:無意識な仕草


 人の無意識な仕草というものは、時には役立ち、時には厄介なものだ。だけど、それを自力で辞めようとするのは、至難のことでもある。
 貴方は自分自身で気がついているのだろうか?貴方がそうやって剥き出しになったお腹をポリポリと音を立てて掻く時は、決まって嘘か隠し事をついている時である事を。

 グイード・ミスタ。私の恋人である彼は、一言で表せば『シンプルな男』である。というのも、自分の欲求のままに生きているような男だと紹介しておく。
 眠ることを楽しみ、朝日の木の枝や雲の動くようすを見ることを楽しむ。ワインの香りを嗅ぎながらチーズをかじる事を楽しむ。
 彼の人生は『楽しい』というのを優先的に置き、またその私生活の中では自分の感情を惜しみなく晒す男でもある。
 そんな彼だからこそ、何かを隠そうとしても、隠す時の癖というのが出てしまうから結局は私にバレる。
 彼がしてしまう無意識な仕草はいくつか知っているが、その一つである『隠し事』について深入りしたい。
 ――ミスタがその仕草を頻繁にし始めたのは、今から数週間前に遡る。
 いつものように二人と数体(セックス・ピストルズ)で昼食を取った時の事。会話の中で私がさり気なく振った話に、ほんの一瞬だけミスタはビクッと動揺した様子を見せたのだ。
 私が何の話したときだったかは忘れてはしまったが、返事をするミスタがポリポリとお腹を掻いて、視線があっちこっちへと泳いでいたのだ。
 そんな彼に、どうせまた"綺麗な女の人にでも声を掛けた"のかと問えば、途端にその仕草を止めて"それは違う"とハッキリと言った彼に、私は内心首を傾げながらも納得した。
 それからというもの、ミスタは私に内緒でコソコソとしながら、何かをやっている事を知る。何をやっているのかはわからないが、その点を聞いてもはぐらかすような言葉を継ぎ、彼はいつもの仕草をするだけだった。
 一体何を隠しているかと、こっそりミスタの後をつけようと思ったが、見張り番の如くセックス・ピストルズ達がフヨフヨとしているから近づくにも近づけない。それどころか、ここ最近食事に誘ったり、一緒に買物をしよう等の誘いをしても断られてばかりだ。
 結局ミスタがしている事を判明させられる事なく、私はモヤモヤとした日々を送っている。ここまでされると、綺麗な女に声を掛けたというよりも、実はそれを通り越して二股でもしているんじゃないかと、悪いことばかり思い込んでしまう。
 悪循環というのは厄介なもんで、そういえば最近メールの返信が遅いなとか、そんな事さえ思ってしまって見事自分の心を蝕む。
 私という人間は、一人の男のせいでここまで弱ってしまう女だったのかと落ち込みながらも、現実に逃避するかのように眠りに落ちた。

 『でかい仕事が入ってしまって、悪いがしばらくは会えない』
 今日の朝にミスタから届いたメールに、私は肩を落とした。なんでこうも悪い事ってのは立て続けに起こってしまうのだろう。
 せっかくの休日で、いい天気だから外出でもしようと思ったが、とてもそんな気分にはならなくなってしまった。
 昨晩はなんだかんだ言って、色々と考え込んでしまったせいで、よく眠りにはつけなかった。予定も潰したし、一日ゆっくりしておこうと私は再びベッドに沈む。
 ――私が次に目を覚ましたのは、すでに部屋の中は真っ暗で、とっぷりと日が暮れてしまっていた時間だった。
 ずっと眠り続けるなんて、なんて無駄な一日の過ごし方だろうと思いつつ、私はまだ寝ぼけた状態で部屋の明かりを点けた。
 時計はもうすぐで日付を跨ぐ時間帯だった。お腹は空いていたが、こんな時間じゃ空いている店は限られている。仕方がないので、家にある物で食事を済まそうと考えていると、こんな時間にも関わらずインターフォンが鳴った。
 驚きと同時に恐怖感が湧く。日中ならともかく、ほとんどの人が寝につくこの時間にインターフォンが鳴るのは、心臓に悪い。勇気を出してチェーンを掛けたままドアを開けようか、それともバレバレながらも居留守を使おうと迷う。
 『〜♪』
 バクバクと鳴る心臓が更に早く脈打つ。インターフォンとは別に、寝室から電話の着信音が鳴ったのだ。私は足音を消して、そっと着信の相手を確認し、表示された名前を見て心臓が落ち着かせた。
「……もしもし?」
「悪い、寝ていたか?」
 声を潜め、電話に出れば思い焦がれていたミスタの声が聞こえる。少し低いテノールの声がジワジワと心の波を鎮めていく。
「うっ、ううん。ちょうど起きてたから大丈夫」
「「そいつは良かった」」
 ここで私は違和感を覚えた。ミスタの声が二重というか、受話器と私のすぐ近くで喋っているように聞こえるからだ。
「「こんな時間に悪いんだけどよ。ドア開けてくれねぇか?」」
「えっ!?」
 慌てて締め切ったドアを勢いよく開けば、そこにはまさにミスタが立っていたのだ。
 数秒放心状態になっていたが、今の自分は完全にオフモード。化粧どころか、適当な少しよれた部屋着という姿。そんなだらしない格好を隠そうとしても、時すでに遅し。
「『しばらく会えないと言っておいて、どうして此処に?』って思っただろ? それはオレの愛しい恋人が、やけに勘が強い女だからなぁ。こうでもして、物理的に離れておかないと計画が台無しになっちまうだろ?」
「…………計画?」
「あぁ。だって今日は誕生日だろ? せっかくコソコソ用意していたのに、当日までにバレちまったら意味ないからな」
 思考が追いつけていない私に、ミスタは背中に回していた手を前に持ってきた。ミスタが私に差し出したのは、いろんな色の花を束ねた小さなブーケだった。"誕生日おめでとう"という言葉を添えられ、ようやく日付が変わった今日が自分の誕生日だったという事を思い出した。
「最初はこんな時間に押しかけるのもどうかと思ったんだけど、やっぱり日付が変わった一番に祝って……」
「このブーケ……」
 よくよく見れば、ブーケにされている花束達は、全部私が好きな色で揃えられていた。
「あぁ、小さいとアレかと思ったんだけど、あんまり大きいと飾る場所を取られるかなと迷ったんだが……やっぱでっかいのが良かったか?」
 ミスタからの戸惑った問に、私は首を左右に振った。ずっとミスタが浮気でもしているんじゃないと、疑っていた自分が恥ずかしくなる。
 それどころが本人さえ忘れかけていた誕生日を祝うために、色々準備をしてくれていたなんて思いもしなかった。様々な気持ちがこみ上げてきて、ついうっかり泣いてしまいそうだ。
「ミスタ……、私びっくりしたけど、それ以上に嬉しい」
 感謝の言葉を伝えれば、ミスタは楽しそうに笑った。
 彼がする無意識な仕草は、時には不穏な気持ちにさせるが、時には小さな幸せを見せてくれるようだ。

【お題サイト『きみのとなりで』 小さな幸せ5題から】

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