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4:次の約束


 "申し訳ないけれど、ボクは次の約束をすることはできないよ"
 その台詞はいつも別れ際に残される言葉。
 そんな宣言をする時の彼は、オドオドと人の顔色ばかり伺う時とは全然違くて、まるで人が変わったかのように冷たく淡々としている。
 言葉そのものは乱暴さもなく、とても丁寧ではある。だが、声調や表情が変わるだけでこんなにも印象というのは変わるものだ。
 
 私は初めて彼とデートという行動をし、さよならの時間が惜しい事を考えつつ、別れ際に思わず"次はいつ頃なら会えそう?"と、口を滑らせた。
 いつまでも返事がない事を不思議に思い、夜景に向けていた視線を彼の顔に移すと、一瞬で背筋が凍った気がした。楽しかった一時が嘘だったかのように、彼の顔は無表情で冒頭の台詞を私に突きつけた。
 初めて見る彼の姿に、私の喉は金縛りにあったかのように動かなかった。"えっ?"とか"あっ"とか、そんな言葉にならない母音だけが精々口から漏れただけだった。
 しばらく何とも言えない沈黙が漂うと、彼は人が戻ったかのように"そろそろ遅いから、家の近くまで送りますよ"と、私のよく知る人の良さそうな表情に変わった。
 彼に送られた後、私はドアを閉めた瞬間にその場でへたり込んでしまった。楽しいと思っていたのは自分だけだったのか、それとも私が何か勘に触るような発言をしてしまったのか。
 とにかく、せっかく仲良くなったのに嫌われてしまったのかという落胆もあった。言葉そのものは丁寧だったが、あの突き放すような口調は、私ともう約束などしたくないという拒絶だったのだろうかと、私は眠りにつけることなく一晩悩まされたものだ。
 
 だが、私の失恋疑惑にショックを受けてから一週間後の事。私は偶然的に彼と街で遭遇した。遭遇というよりも、彼の方から声を掛けてくれなければ気が付かなかった。
 ちょっとオドオドしながらも、声を掛けてきてくれた彼が、"時間があるのなら一緒にお茶しませんか?"とお誘いをしてきた事に、私は驚きを隠せなかった。
 私の事が嫌いになったのではないのか?と散々悩んできた思想が、頭の中を巡り混乱しつつ私は誘いに乗った。
 最初こそはギクシャクとした態度の私だったが、彼から色々話してくれる話を聞いているうちに、最初にデートした時と同じような楽しさが戻っていた。
 好きなドルチェも、好きな場所なんかも同じで、自分との共通点とかついつい話し込んでしまっていた。楽しすぎて、いつの間にか来ていたカフェラテが冷めてしまっていたぐらいに。
 ……だけど、そんなお茶会だったのにも関わらず、彼はまた『次の約束はしない』と私に宣言をすると、笑顔でその場を立ち去ってしまった。
 二度目になると悲しみや恐怖よりも、唖然とするという言葉がぴったりになる。彼の訳のわからない言葉に、放心状態で私はチビチビと冷えたカフェラテを飲んでいると、少しずつ冷静になる。
 もしかしたら、彼が次の約束をしないのは、それなりの事情があるのではないか?と。
 私と同じぐらいの年齢だが、実は話してくれていないだけで仕事をしているとか。親が厳しくて友人と約束事をしてはいけないと、躾をされているのではとか。
 そんな有りそうな理由をいくつか考えているうちに、私は彼……ドッピオ君について好奇心が湧いてくる。もっと彼の事を知りたいと願っていた。

 『次の約束はしない』と告げられても、ドッピオ君は度々私の前に現れた。しかも決まって私に時間の余裕がある時にだ。
 ちょっとショッピングに行こうかなと考えていると、着いたショッピングモールの入口に居る。食品の買い物をした帰りに、ついつい買い込んでしまって持って帰るのが大変そうだなと考えていれば、タイミングよく現れて荷物を持ってくれた事もある。
 本当に絶妙な時に出会うものだから、恋に盲目になっている私にとっては、これは『運命』じゃないかと舞い上がってしまう。
 そして別れ際に告げられるあの言葉もセットに付いてくるが、結局は再び私達は出会うから『次の約束はしない』と告げられても『約束なんてしなくても、私達はまた会えるのだ』という結果が小さな幸せでもあった。
 ……ところが、最後にドッピオ君と出会ってから一ヶ月過ぎても、彼は私の前に現れなかった。きっと何かと忙しいかもしれないと、私は前向きに考えていた。
「やぁ、久しぶり。今、大丈夫?」
 本当にタイミングのいい人だ。後ろを振り返れば、あのちょっと怖じ気着いた笑顔が見えた。勿論と答えれば、私達は馴染みのお店に入りそれぞれと注文を取った。
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 相変わらずドッピオ君との会話は楽しい。だけど、言葉にはできない妙な違和感もあった。それは一体どこなのだろうと、私は会話をしながらも懸命に探った。
 何がおかしいと言う答えを見つけられず、ドッピオ君は不意に立ち上がった。
「ごめん。ボク、もう行かないと……」
 どうやらお別れの時間が来てしまったらしい。きっと最後はあの台詞を言われるのだろうなと身構えた。
「申し訳ないけれど、ボクは次の約束をすることはできない」
 いつもと同じ台詞なのに、どうしてそんな泣きそうな顔をしているのだろう。走り去ってしまうドッピオ君の背中に、酷く心をざわつかせたのだった。

【お題サイト『きみのとなりで』 小さな幸せ5題から】


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