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1:おもちゃの指輪が光るとき


 私が『それ』を思い出したのは、本当に細やかなきっかけ。
 それはTVで他の会社と紛れるように、淡々と流れた指輪会社のCMだった。
 ビシッとスーツが似合う男性が、これまた目を張るような美女の前に跪き、小さな箱を開けて華奢なデザインをした指輪を捧げるという陳腐な内容。
 もう少し斬新なCMは作れないものかと、飽き飽きとした気持ちで眺めていたが、沈み込んでいた記憶はゆっくりと浮上したのだ。

 それはまだ私達は平和で、数年先に自分達が何をしているかだなんて想像も出来なかった歳頃だった。
 親に連れられやってきたフィスティバルに、私達はその出店されている屋台の数に目を瞬かせた。
 美味しそうな匂いを放つ食べ物や、子供でも大人でも楽しめるようなゲームを出す店など、多様な店揃いに子供だった私達は、それはもう親が窘める声も届かない程にはしゃいだもんだ。
 人が沢山行き交う場所に、ペッシは最初こそはオドオドとしていたが、グイグイと手を引っ張っていく私にノせられたのか、私達は人混みをすり抜けて子供だけでフィスティバルを楽しんだ。
 イタリアではあまり見かけないドルチェを頬張ったり、自分たちにはひっくり返ってもできないパフォーマンスの芸に驚かされたり、小さな子どもでもできそうなゲームを楽しんだりと、ちょっとした冒険をしているかのようだった。
 だけどそんな冒険も、日が暮れてくるうちにあっという間に勢いはなくなる。薄暗くなっていく視界は、子供の視点で見ればワクワクよりも怖いという気持ちに変わっていく。例え周りには、沢山の大人たちがいても、どの人も見知らぬ人達だ。
 ようやくテンションが落ち着き始めていた私は、楽しかった気持ちが風船のように萎み、不安な気持ちで足を止めた。私が勝手に引っ張り込んだにも関わらず、傍にいるペッシに泣きついてしまいそうだった。
 ずいぶんチョロチョロ動いたから、当然ながら親たちとははぐれてしまったし、今いる場所さえも把握できていない。
 ジワジワとこみ上げてくる涙が零れそうになると、ペッシは急に私の手を引っ張った。"痛いよ"と小さく訴えてみても、ペッシの足は止まらない。もう一度抗議しようと私はもう一度口を開いたときだ。
 "見てっ!"と、どこか興奮したペッシの声に思わずつられ、私はペッシの背中越しから『それ』を見た。
 いろんな色にピカピカと光る沢山の指輪のおもちゃは、涙目になった視界でも派手に主張していた。大人の目から見たら、それはきっとただ下品な光で、すぐに電池が切れてゴミになりそうな代物に見えるだろう。
 だけど子供から見たそれは、思わず心が踊ってしまいそうなぐらい綺麗で、すぐに壊れてしまうとは頭の片隅で予測していても、欲しくなってしまう魅力が詰まっていた。
 しばらくポカンと眺めていた私を横に、ペッシは並べられた指輪をキョロキョロと見比べると"どの形がいい?"だなんて聞いてきた。なんとなく目に止まった指輪に指を向ければ、ペッシはお小遣いが入った小銭入れからそれを購入した。
 "はいっ"と言って指につけられたそれは、ハートの形をした土台からピカピカと眩しく光っていた。赤、青、緑、黄色と忙しくなく変わる電光に、私は自分が泣きそうになっていたことさえ忘れかけた。
 "大丈夫。お母さんたちは僕たちをきっと見つけてくれるよ"と、ペッシは根拠もないのに自信満々に私の手を取って、すぐ近くにあった広場に足を運んだ。
 運良く空いていたベンチに二人で並んで座って、しばらく光る指輪を眺めていると、ペッシの言うとおりに私達の母親たちは血相を変えて迎えに来たのだ。
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 あの時ペッシが横に居てくれて、本当に良かったなと今でも思う。例え同じ子供であっても、凄く頼れる存在だった。そしてそれは、大人になってきた今でもそう。
 そんな良い思い出を忘れかけていたのは、その後の環境の大きな変化もそうだし、二人揃ってギャングになってバタバタとした日常を過ごしていたからだろう。
 だけど、忙しい日常を過ごしていても、私は指輪の存在を完全には忘れていなかったらしい。つまらないCMをきっかけに、私はあの時の記憶を思い出し、更には指輪を保管していた場所だって思い出した。
 記憶を頼りに保管場所を探ってみれば、壊れることなく鎮座している指輪を発見した。数年もすれば電池が切れるのは当然で、いくらスイッチを押しても光なんて出るわけない。
「……あれ?」
 懐かしさのあまり、ついじっくりと指輪を見ていると電池をセットする場所を見つけた。こういった玩具は、電池が切れたら交換できずにゴミになるのが確定するものだが、どうやらこれは珍しく電池交換ができるタイプらしい。
 もしかしたら、電池を換えればまた点くかも……!?そう一つの可能性を見つけたら、私がやる事は決まっていた。

 
 薄暗い夜道を歩いていると、前方から小さいくせにやけに眩しい光が見えた。
 それは赤、青、緑、黄色と忙しなく色を変えている。なんとなく足を止めて、それが一体なんなのかペッシは警戒をしたが、どこかで見覚えのある光だなと想った。
 ネオンライトのようにちょっと下品を感じる光だが、妙な懐かしさまで感じる。ゆっくりゆっくりと足を進めていくと、その光の持ち主の姿がボンヤリと形を表した。
「…………それ、よくずっと持っていたね?」
「まぁね。だけど、数年経っても光るなんて、思いもしなかったよ」
 幼い頃からずっと一緒にいた彼女の指には、ハート型で光るおもちゃの指輪をはめ込んでいた。
 あれから互いに成長し、身体も大きくなった。あの頃丁度いいサイズだった指輪は、今は彼女の小指でも無理やり嵌めている状態で、時間の経過を形にしていた。
「今度はペッシが見つけてくれたね」
 大人になっていく自分達だが、自分を見て悪戯そうに笑う彼女は、あの時と変わらない笑顔でホッとしている自分がいた。
「迷子になっても見つけるよ。その指輪が導いてくれるからね」
 自分だってまだマンモーニと呼ばれる立場でも、わざとカッコつけて言ってみれば今度は互いに顔を合わせて笑った。
 小指に収まるおもちゃの指輪は、二人の気持ちに反映するかのように、電気が切れるまでずっと変わらずに光り続ける。


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