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5:無愛想だけど、優しい


 雑貨の一つ一つは可愛らしく、店内の内装もショーケースに綺麗に並べられた宝石のようなドルチェも、充満していている甘い香りも、何もかも私のお気に入りの場所である。
 イタリアに留学をしに来たばっかりの頃、慣れない土地に迷ってしまい、そこで偶然見つけることが出来たのがこのお店である。疲れてしまった私はそれを癒やすためにドルチェを購入し、ちょこんと用意されているイートインスペースでそれを食べると、あまりの美味しさにびっくりしてしまったのだ。その頃ちょうど店側がアルバイトを募集していたこともあり、これはなにかの縁だと感じて現在楽しみながらバイトをしている。
 さてここは、人通りの多いメインストリートから外れた人気の少ない道沿いに店を構えている。あまりの人の通らなさに、バイト当初はこんな場所でちゃんと経営ができているのだろうか?と、バイトの身ながらも心配をしていた。
 だがそんな心配も杞憂で、ずっと人が出入りしているというわけではないが、毎日毎日と足を運んでくれる常連さんが結構いたのだ。それも毎回沢山の数を買うのだから所謂太客という存在なのだろう。
 新規のお客様はかなり稀ではあるが、そんな人も私と同じように何度も来てくれるようになる。まぁ、それほどこのお店のドルチェは絶品だから仕方がない。(店長曰く、そういう大会で何度か最優秀賞を取ったからだとか)
 じゃあ、なんでこんな静かな場所に店を構えたのか?という質問は、色んな大人事情とあまり忙しくても人が回らないという答えが帰ってきたのだった。

 そんな素敵なお店には、私がちょっと気になる常連さんがいる。彼は毎週水曜日と金曜日にやって来て、他の常連さんと同じように一人では食べ切れなさそうなぐらいの数を注文する。
 このイタリアでは男性が甘い物を好むのは、特別どころか至って普通だ。最初はこの量を一人で食べるのだろうか?と思ったが、どうやら自分用とお使いで来ているらしい。
 顔にかかる長い髪を耳にかけ、ムスッとしたどこか不機嫌そうな顔でショーケースを眺めると、いくつか注文をする。そしてその注文が終わると今度はポケットからメモのような紙を出して、続けて注文をするのだ。
 それを何度か見ると、まずは自分が食べたいものを吟味し後は頼まれたものをという感じに思える。
 彼は店に入る時も、注文をする時も、会計をする時もずっと無愛想であるが、商品を受ける時に本当に僅かだが、ニヤリと口角を上げて低い声で"Grazie"とお礼を言って颯爽と店を出ていく。
 無愛想な顔が崩れた僅かな瞬間が、私の脳内にこびりついて仕方がなかった。ロックバンドのような服装で、綺麗に化粧をした整った顔よりも、その仕草に私は惹かれてしまった。
 名前も知らないあの人は、また金曜日も来てくれるのだろうか?明後日の事なのに、その時間さえも遠く感じた。

 木曜日の夜、私はいつものようにバイト終わりに帰宅している途中だった。普段はゆっくりと帰ってはいるが、その日は家で課題を仕上げなくてはいけなくて、早く帰宅したいと気持ちが焦っていた。
 いつもは安全な道を選んではいるが、夜は通らない近道を焦りが優先して足を踏み入れてしまった。母国とイタリアの治安は全然違う。ずっと頭に入れていたはずなのに、焦りというのは本当に禁物だと身を持って知る。
 あとちょっとで近道を抜けると思った瞬間、私は誰かに腕を強く引っ張られた。驚くよりも先に私は背中を壁に強くぶつけ、声を出す暇もなく痛みで唸った。頭が混乱したまま、自分の目の前を見ると2人程の男が立っていて、肝が冷えるということはまさにこの事かと思った。
 怯える私の前で、互いに下劣な事を話していて私の人生終わったなと絶望した。男が手を伸ばしてあとちょっとで私に触れそうな時、その男は勢いよく横に吹っ飛んだ。
 一体何が起きたかわからなかったが、もう1人の男も低い呻き声を出してしゃがみこんでしまった。すくんで立ち上がることもできない私を、この2人以外の誰かが引っ張り上げてくれ、引きずられるように私はその場を後にした。
 メインストリートに出た時には、すっかり息が上がっていてお礼もまともに言えなかった。ようやく呼吸が落ち着いて顔を上げれば、私がよく知る無愛想な顔が呆れたように私を見下ろしていた。
 "女があんな危ねぇ場所を歩いているんじゃあねぇよ"と、頭を軽くコツンと叩かれた。とぎれとぎれながらも謝罪をする私に、"明るく人通りの多い所から帰れよ"と、彼はそっと背中を押してくれる。
 "気をつけて帰れ"と一言だけ告げられると、長髪とロングコートの裾を翻して彼は私の元から去った。
 呆然とそれを見送ると、私はまたヘナヘナと力が抜けたようにその場にしゃがみ込んでしまう。一度に起きった事に私の脳内は処理できなくて、助けてくれたことにちゃんとお礼をすることができなかったという後悔もあり思わず泣きそうだった。
 あの人の言う通り、ちゃんと安全な道を通らなかった自分の自業自得だ。……だけど。愚かな事だが、気になるあの人に助けてもらった事と優しい一面を知れてラッキーだと思う自分もいた。
 あぁ、あの人は明日店に来てくれるかな。しっかりとお礼をしたいし、名前も聞きたいという私の願いが叶って欲しいなと、明日に向けて立ち上がった。

 お題サイト『きみのとなりで』相反する言葉で5題から

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