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4:苦いけど、甘い


「いいですか? この問題は、まずこの部分から答えを解くんです。大丈夫、基礎がわかっているんだからできますよ」
 蜂蜜色の髪の毛を耳に掛け、小難しい問題が書かれた教材に視線を落とす姿は、思わず目を奪われてしまうぐらい絵になる。 
 スラリとした大きな手で紙の上にペンを滑らす様なんて、極普通な動作なのにどうしてこうも他の人とは違うのだろう。……ずるい。本当にずるい。何をするにもどんなに当たり前な行動でも、彼がやると全然違う。
 なんと言えばいいのか、雰囲気というかオーラという空気がキラキラとしている。それは自分がこの人に恋をしているからなのだろうか?
「―――それで、最終的な答えがこうなるんです。ねっ、思っているよりも簡単……」
 彼の声は心地よい。少し低いその声は、私の耳を通り鼓膜を甘く震わせる。例え話している内容が、私には理解できない頭が痛くなるような論文でも、彼が朗読してくれるなら苦にはならないだろう。
 そんな事をボンヤリと考えていると、唐突に私の頭に軽い衝撃が走った。
「ひぇっ……」
「人が教えているっていうのに、考え事か? ……全く。高校には禄に通うことができなくて、中学生レベルの学力だから勉強教えてくれってボクに頼んだのは君だろ?」
 チョップされて情けない声を出した私に、フーゴは呆れたように溜息を付いた。……あぁ、その冷ややかな視線も本当にたまらないッ!というのは置いておいて、確かに勉強を教えてほしいと渋るフーゴに頼み込んだのは私である。
 それなのにちゃんと聞いていないというのは、教える側としては腹立たしいことだろう。まぁ、聞いていなかった私が一番悪い。でも、私が彼にそんな頼み事をしたのもちゃんと理由はあった。
 時にはバイオレンスなシーンもあるが、一生懸命フーゴに教えられているナランチャが羨ましかったのだ。勿論勉学を鍛えたいというのもあるが、あんなに近い距離で居られる口実ができるのもある。そう、"お前ら、なんでそんなに近いんだよ? まさかできてるんだろ〜"とどこかのデリカシーのない人から茶化されても、正当な理由で言い返す事ができる。
 不純な動機の方が大きいが、彼のおかげで着々と自分に学が身についた実感はしている。これぞ正しく一石二鳥というやつだ。
「ごっ、ごめんなさい……」
「……ふ〜。仕方がない人ですね。後はこのページだけ頑張りましょう。ここまで出来たら今日の勉強会は終わりです」
 随分失礼な事をしたのにも関わらず、ちゃんと謝れば許してくれるんだから本当に優しい人だと思う。フーゴの鑑賞会はここまでにして、私はズラリと立ち並ぶ問題の壁に立ち向かったのだった。

「ふー……。なんとか終わったぁぁ〜」
 滑り込むようにテーブルにひれ伏せた。頭の中には数字がグルグルと巡り、疲れて煙が出てきそうだ。
 すると、コトっと私の頭の横に何か置いたような音が耳に響く。一体なんなんだろうとズリズリと頭だけを横に動かし、その正体を確かめた。それは……
「頑張った貴女にご褒美ですよ。全問正解、こっちも教え甲斐があって楽しいです」
 クスクスと楽しそうに笑うフーゴがテーブルに置いたのは、カップサイズの苺が乗ったティラミスだった。光に当たり、キラキラと輝いて見えて今の私にはとんでもないご馳走にも見えた。
 ガバっと勢いよく顔を上げれば、フーゴにスプーンを差し出される。
「いただきます」
「えぇ、どうぞ」
 スプーンですくったティラミスを一口食べれば、エスプレッソの苦味とほんのりとした甘さが口に広がった。
 どっちかと言うと、苦味が強い大人の味だったが、それを苺がうまく中和してくれる。
「美味しい。ありがとうフーゴ」
「どういたしまして、疲れた時は甘いものです。次も頑張りましょうね」
 そう言って、私の名前を呼び柔らかい笑顔を浮かべる彼を見て、すっかりと苦味はなくなって口の中も心も溺れそうなぐらい甘くて死にそうになった。


お題サイト『きみのとなりで』相反する言葉で5題から

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