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1:偶然見かけたあの姿


 彼は私にとって、恋人でもなければ友人でもないただの知人関係である。というよりも、正確に言えばご近所さんっていうやつだ。
 勿論顔を合わせれば挨拶はするし、あの人もわざわざ声を掛けてくれるが、ご近所さんにも関わらず顔を合わせるのは本当に稀だった。
 私が知るあの人の情報は、その単語を聞けば、思わず小腹が空いてしまいそうな『ホルマジオ』という本名なのか怪しい名前だと言うことと、仕事は時間も休みも不定期な事らしいだけだった。
 そんな年に何回か見かけるかどうかという彼に、私は何故か気になってしまってどうしようもなかった。何気ない日常生活を送っている時に、ふと彼の屈託ない笑顔を思い出してしまうのだ。
 どこか柄の悪そうなお兄さんではあるが、あのどこか少年ぽさが混じった笑顔に惹かれてしまったのだろうか?怖そうな人が見せるギャップという物は、なかなかの破壊力があるのかもしれない。
 モヤモヤとした私の疑問や、複雑な気持ちに悩まされても、それを嘲笑うようにホルマジオさんと会えない日にちは更新していくだけだった。

 あのモヤモヤとした気持ちが落ち着いてきた頃。私は仕事帰りに買い物を済まし、荷物が入った紙袋を抱え込んだまま帰路に着こうとしていた。
 ……あれ?特に意識も持たずに泳がせた視線の先に、見たことのある姿を捉えた。ちょっとした空き地と言うか何もない野っ原に、最近見かけないなぁと思っていた人がいたのだ。
 こんな所で、なんていう偶然。だけど、何で何もないところでしゃがみ込んでいるのだろう?と、私の探究心が疼いた。
 ……電話でもしているのだろうか?そっと後ろから近づくと、ホルマジオさんは何かを喋っているがその声はあまり大きくなくて、しっかりと聞き取ることができない。いつ声を掛けて良いのか、タイミングを掴めずにオドオドとしていると、いきなりホルマジオさんは後ろを振り返った。
「ッ!!?」
「んっ…………? 誰かと思ったら、嬢ちゃんじゃあねぇか。こんな所で奇遇だなぁ?」
 驚き短く声を漏らして目を丸くしていた私に、ホルマジオさんは最初怪訝そうな顔をしていたが、私だと認識するといつものような屈託ない笑顔を私に向けてくれた。
「こっ、こんにちはホルマジオさん。えっと、こんな所で何をしていたんですか?」
「おぉ、ちょっとコイツラを見つけてなぁ。まだまだ子猫ぐらいなのに、捨てるなんて酷いと思わねぇ?」
 ホルマジオさんに気を取られてすぐには気が付かなかったが、彼の足元には薄汚い段ボールが置かれていた。声は弱々しかったが、中からは何匹かの猫の声が聞こえてくる。
「本当だ。捨てた人は……無責任ですよね」
 せめて飼ってくれる人ぐらい見つけたらどうだと、捨てた人物に言いたいところだが、誰かもわからん人物に怒りを向けてもこの状況では無意味である。
「あっ、そうだ……!」
 私はガサガサと袋を探ると、子猫でも食べられそうな食材を取り出した。飼えないのに無責任な事をするなと思われるかも知れないが、お腹を空かせていそうな姿に居ても経ってもいられなかった。
「おいおい。それはちょっと偽善者じゃあねぇか?」
「……勿論。手を出してしまったからには、それなりに責任は取りますよ。でも……何だかんだで、ホルマジオさんも気にかけていたじゃあないですか」
 わかっている事を指摘され、ちょっとムッとしながらも言い返せば、ホルマジオさんは怒らずに目を瞬きをすると、"なかなか言う嬢ちゃんじゃあないか"と愉快そうにクックと低く喉で笑われた。
「まぁな。オレ、猫に嫌われるが猫は好きなんだ。だから……ちょっとばかり、放っておけなかったぜ」
「大丈夫ですよ。私、猫を一時保護して里親を探してくれるツテを知っているんです。手を出した責任はちゃーんと取りますよ」
 "だから、この仔達を運ぶお手伝いをしてくれませんか、ホルマジオさん?"と、私が付け足せば、"そういう事ならおまかせを、シニョーラ"と、ホルマジオさんは冗談交じりにしながらも段ボールを優しく持ち上げた。
 ――ちょっとずるいかもしれないが、捨て猫がきっかけで気になっていたホルマジオさんと、挨拶以外の会話ができた事は嬉しかった。
 例えそれが最初で最後の長い会話だったとしても、今の私にとっては、小さな幸せの時間なのだから。

  【お題サイト『きみのとなりで』 小さな幸せ5題から】


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