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3 冷たいけど、温かい


 私がイタリアの南地方に住む理由は、あまり寒くなく滅多に雪が降らないからである。
 いつの日からだったか忘れてはしまったが、この時期になると手足が酷く冷たくなってしまう。世間で言う末端冷え性とかいうやつだ。寝る時はモコモコの靴下に足元には湯たんぽ。そして流石に手袋までするわけにはいかないので、フワフワの小さめな毛布に手をくるめて眠るのが定番だった。
 そんな私は只今、げんなりした気分で街なかを歩いていた。まさか、自分が買い出しに行っている真っ最中に雪が降ってしまうとは。手袋をするにも、手袋はコートのポケットで両手は荷物で塞がっている。しくじった事に買ったものを持つ前に、手袋を装着し忘れてしまった。
 ヒラリヒラリと落ちてくる大粒な雪が、私の手に落ちるたびにジワジワと少ない熱を奪っていく。ちょっと指を動かすだけでも辛い。誰かに迎えに来てほしくても、アジトには私以外誰もいないのだ。
 トボトボと歩いていると、ちょっとした広場の前に通りかかる。ちょっとした花壇といくつかベンチが置かれている本当に『ちょっとした広場』って感じ。そこで私は見覚えのある人物を見つけた。
「……なにしてるんだろう」
 誰もいない広場に、ポツンとベンチに座るあの人物。あの人は一応恋人であるギアッチョだ。スタンドを身に纏っているわりには、ボケっと空を仰いでとても戦闘態勢という感じではなかった。
 ……もしかして雪を見ているのか?そう考えると、まるで滅多に見れない面白いものを発見した気分になる。悪趣味だがもう少し彼を観察してみたい。そういう好奇心に負け、私は彼からは見えない離れた場所にあるベンチに座ることにした。
 買い物袋を隣に置き、私はポケットから急いで手袋を装着すると、ほんの僅かながらもかじかんだ指は動かせるようになった。
「本当にぼんやりしているんだな……」
 しばらく見ているが、彼は相変わらず空を見ている。もしかして寝ているんじゃないかって思ったが、起きているように時々身じろぎをしていた。そんなに食いついてしまうほど面白いものだろうか?
 流石に私もそろそろ寒さの限界だった。買い物袋を持ち、ギアッチョにそっと近づく。
「……ギアッチョ」
「……っ! なっ、なんだ。お前か……」
「こんな所で何してたの?」
「……なんでもねぇーよ」
 ギアッチョは少し機嫌を損ねたのか、私の質問でそっぽを向いた。
「何を見ていたの?」
 構わずに質問を続けると、ギアッチョは観念したように溜息をついた。
「雪」
「んっ?」
「雪……見てたんだ」
 赤面しているのが、顔のシールド越しからでもわかった。だいぶ照れているらしい。雪を見上げるように顔を上げるのにつられ、私も同じように顔を上げた。
 汚らしい灰色の空から、次々と止むことなく降る雪はどこか気持ちを不安定にさせる。よく雑貨屋で売っているスノードームを綺麗だとか欲しいとか思わないのは、きっと自分のこういう所から来ているからなのだろうか。
「首は疲れちまうけどよぉ、ボーと空見てるとなんだか自分が違う世界にいるような気分になるんだ。めんどくせぇ事も嫌な事も忘れて、あの空の向こうには何があるんだとかそういう事考えてると、色々気が紛れるっつうか」
 始め知った時は驚いたが、ギアッチョはこれでも結構ロマンチストな部分があるのだ。私にとっては、ソワソワと変に落ち着かない嫌な思いをするのに、彼にとっては癒やし……というかなんていうか良い光景なのだろう。
「そっか……。それは邪魔しちゃったみたいね。ごめん」
「いやっ……そろそろ帰ろうと思っていたから、気にするなよ」
 ギアッチョはそう言いながらもスタンドを解除した。バシャリと彼の周りに水が広がった。
「ずっと座っていて寒くないの?」
「あぁん? ずっと居た事を知っているってことは、お前……ずっと見ていやがったんだな?」
「えっ!? あっ……あははは、ごめん」
 どうやら墓穴を掘ってしまったようだ。わざわざ隠れて覗いていたのに、結局観察していた事がバレてしまった。誤魔化すように笑う私の頭をギアッチョに軽く小突かれた。
「ほらっ、帰るぞっ! 肩に雪が積もっているの気がついてねぇのか? 風邪引くぜ」
 そう乱暴に言いながらも、ギアッチョは私の肩や頭に積もっていた雪を払ってくれる。私が持っていた買い物袋を強引に奪い取ると、その大きな手で私の冷たい手を握った。
「……ギアッチョの手、凄い温かい」
「そういうお前の手は、めっちゃ冷てぇ」
 冷たいと文句を言われながらも、手袋越しから伝わる彼の温かい手は逃げずに帰宅するまで掴んでくれたのだ。
 寒いのも雪の日も大嫌いだけど、こういう些細な幸せを知れるのなら悪くないかも知れない。

【お題サイト『きみのとなりで』相反する言葉で5題から

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