■ 傷つく怖さから気がついた恋。

 自分に足りないものは『覚悟』だ。貴方の心にへと一歩踏み込む勇気、傷つくかもしれないという恐怖。その全てを含めて、自分には『覚悟』が足りないのだ。

 28にもなって何を少女みたいな恋愛価値観を持っているのだと、鼻で笑う者もいるだろう。むしろ今時の若い子たちの方が、進んでいるのかもしれない。
 自分が同い年の上司に恋心を持つなんて思ってもいなかった。最初はただの上司としか見ていなかった。背が高くて顔を見るのに首が痛くなりそうだとか、驚くほど表情を変えなくて寡黙でちょっと怖いなだとか、そんな色気のない印象を持っていた。でも、仕事一筋で強くあのメンバーをまとめる器がある所には尊敬していた。歳は同じでもあくまで上司と接し、敬語で話しプライベートの部分は関わらないように今まではしていたんだ。

 それが覆されたのはいつだっただろう。あれは月が綺麗な夜だった。季節は冬で、夜の空気は冷たいけどそれを胸いっぱいに吸い込みたくて静かな街を散歩していた。石畳を歩く度にコツコツと靴で心地よい音をたてて、鼻歌混じりに歌っていたら数メートル先から人の声が耳に入った。その声の主はよく知る人物で、オレンジと金色の派手な髪色が目に入った。その時正直言って、来た道を戻ろうかと思った。せっかく気分良く一人で散歩していたのに、こんな時に酔った彼らに会いたくなかった。だが、残念な事に向こうに気が付かれてしまい声をかけられたので仕方がなく足を進路先に進めた。
 ホルマジオとプロシュートの間にはぐったりとしたリーダーが支えられていた。三人で飲んでいたが、日頃の鬱憤が溜まってリーダーは飲みすぎてこの状態になってしまったという事だった。そこで、俺たちは次の店に移りたいからリゾットを連れて帰って欲しいと頼まれた。凜のスタンドならリゾットを運べるだろと一方的に言うと、こちらの意見など聞こえないというように支えていたリーダーを地面に転がしてさっさと行ってしまった。
 
 こっちはせっかくの気分転換が台無しにされて最悪だった。リーダーをいくら揺すぶっても声を掛けても応答せず、置き去りにするわけにはいかないので、しょうがなく近くにある自分の家までスタンドで運んだのだ。幸いにも自宅に着いてから1時間ほどでリーダーは目を覚ました。水を差し出しこれまでの経緯を話すと、ただ一言『そうか迷惑かけたな』と言うと、コップを持ったまま押し黙ってしまった。できれば目が覚めたのなら、さっさとアジトに戻って欲しいと思ったがそれを口に出すことはできなかったので、自分も炭酸水を一口飲んだ。
『できれば……できれば朝までここに居させて欲しい。欲を言えば、何も喋らなくていいから隣に座っていて欲しい』
 仕事でもないのに、なんでそこまでしないといけないんだと思った。だけど、リーダーがどこか追い詰められているような目をしていたから、黙って頷いたのだ。
 不思議な夜だった。間接照明しか点いていない暗い部屋で、文字通り二人黙ってソファーに座って夜を過ごした。沈黙しかない空間なのに、何故か気まずいとか早く時間が過ぎないかという思いは無かった。それは自宅だからか、暗闇だからなのかはわからないが、どこか懐かしいようなリラックスした気持ちだ。時計の秒針だけが部屋に鳴り響いてる空間で、置いて行かれてショックを受けているようではないが、なぜ悲しそうな顔をしているのか。なぜ自分に隣に居てほしいだなんて頼んできたのだろうか。いくつの疑問が頭に浮かぶが、それを言葉に出すことはできなかった。
 そういえばこうやって、リーダーに対して思う事は初めてかもしれない。今までただの仕事関係の人と考えていたから余計にそう思うのかもしれない。ここでよしとけばいいのに、いくつかの疑問からさらにいろいろと知りたいという思いが湧き出てしまう。この人は休みの日に何をしているのだろう、好きな食べ物や音楽は?細やかな趣味は持っているのだろうか、笑ったりするのだろうか……貴方みたいな人にもかつては恋人とかいたのだろうか?最後の疑問に自分の心臓がギュッと締め付けられたような気がした。そういえば、自分にもただ1人だけだが恋人がいたんだった。リーダーぐらいに背が高くて、よく笑い沢山の事を教えてくれた人だっただけに、別れの時は酷く悲しくて二度とこういう傷付き方はしたくはないと思った。
 この思いがきっかけに、閉じ込めていた感情がワーと湧き出るような気がした。背が高くて見上げるのに首が痛いとか、鍛え抜かれた肉体を曝け出されているのを見て目の毒だとか、お風呂から出て濡れた髪のままぼんやりしているのを見て、雨に濡れたシベリアンハスキーみたいだとか、プライベートに関わりたくないというのも、自分の気持ちに気が付きたくないっていう天邪鬼だったのかもしれない。本当は好きになってしまったのに、傷つくのが怖くて誤魔化していたんだ。
 不思議で静かで穏やかな夜だったのに、重要な事に気がついてしまって朝まで心臓の音を静かにさせるのが大変な一夜になったんだった。

 そして冒頭に戻ってしまうが、自分には『覚悟』が足りない。今、手に握りしめているのはリストランテの招待券。一緒に食事に行きませんかというお誘いをするのに、かれこれ1時間リビングでウロウロしている。断られてしまったらどうしようとか、そんな不安が過って誘うのに誘えなかった。
「どうしたの凜? リーダーになんか用じゃないの?」
 いつの間にかメローネが後ろに立っているのに驚いていると、そんな様子が面白かったのか笑いながら執務室のドアを空けてしまった。
「リーダー、凜が用事あるんだって」
 まるで見透かされていたかのように、背中を後押しされ強制的に『覚悟』を決める事になってしまった。
「頑張ってね〜♪」
「……なにか用か?」
 楽しげに部屋を出て行くメローネの背中を見届けながら、決心して口を開いた。
「あのっリーダー! よかったら、一緒に……」

 メローネには、人気のジェラート屋でご馳走しないといけないなと頭の隅で思ったのだった。

お題ったー『恋に気づく瞬間』から


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