■ 恥知らずの悪戯心

 
 貴方のその普段のポーカフェイスを崩してみたくて、私はちょっとした悪戯を思いついた。もしかしたら叱られてしまうかもしれないけれど、いっぱい謝ったら許してくれるといいなと願っている。


 私と、この暗殺チームのリーダーであるリゾットと恋人として付き合うようになったのは、約2ヶ月前である。彼から思いを告げられたのは、二人で一緒にアジトの雑費品を買い出しに行った帰りだった。
『少し寄り道をしないか?』
 そんな事をリーダーから誘われて、私は特に何も考えずに二つ返事をしたのだった。リーダーの後ろを雛鳥のように黙ってついていけば、辿り着いた場所は街外れの海辺だった。
 シーズン期間ではなかったせいか周りには人っ子一人いなくて、私達の足元に来る波の音と海猫が鳴く声だけがやけに耳に入った。ちょうど日没の時間帯で、目の前に広がる海が燃えるように赤く煌めいていたのを今でも鮮明に覚えている。私達はその光景にすっかり見惚れてしまっていて、しばらくは互いに何も口にせずに太陽が沈むのを眺めていたのだ。そして地平線に太陽が沈むと、夕焼けだった空には夜の帳が下りようとしていた。
『綺麗でしたね』
 そんな言葉をリーダーに掛けると、凜の横顔の方が綺麗だったと驚愕してしまう言葉を返されたのだ。予想外の発言に私はずいぶん狼狽えた。何か変な食べ物を口にしてしまったのか、奇天烈なスタンド使いにやられてしまったのか心配したぐらいだ。
 私の驚いた顔を見て面白かったのか、リーダーは少しだけ目を細めて笑うとすぐにいつもの無表情に戻ってしまった。呆気にとられている私に、リーダーは真剣そうな眼差しを向けて『自分の恋人になってほしい』という唐突な告白に、私は持っていた荷物を思わず落としてしまったのだった。

 それから私達は所謂恋人という関係になったが、全然恋人らしい事はしていなかった。
 恋人だからとはいえ仕事上ではいつもどおりにリーダーと呼んで、二人っきりの時だけは少し照れながらも名前で呼んでいる。実はまだデートどころか手を繋いだ事もないし、愛を囁き合うって事は……そんな恥ずかしい事なんて一度もしていない。本当に付き合っているのかと聞かれてしまうと、勿論だ!と断言できる自信はないかもしれない。
 だから私は1つの悪戯を思いついたのだ。リゾットのポーカフェイスを崩すという目的もあるが、思い切って恋人らしい事をやってみせようじゃないかと気持ちを奮い立たせていた。
 誰もいないリビングの隣は、彼が一日のほとんどを過ごしている執務室がある。毎日毎日そこで書類と睨めっこしているから、私が手伝いましょうかと声をかけたぐらいだ。残念ながら断られてしまったが。
 恐らく居ると思われる執務室のドアを軽く二回叩くと、応答があったのでスルリとドアを開けて中に入った。
「……なんだ凜か。どうかしたか?」
「珈琲淹れたんです。飲みませんか?」
「悪いな、貰おう」
 予め用意した珈琲を片手に、私は悪戯に気が付かれないようにいつもどおりの口実を使って傍に寄る。すぐ近くで見る彼の目の下には寝不足を強調させる青黒い隈がくっきりとできていた。一体彼の睡眠時間がどれくらいなのかも、恋人である自分は知らない。そんなリゾットに心配しつつも、私は震える長い睫毛や、マグカップに付けている薄い唇に見とれていた。
 リゾットは珈琲を飲みながらも、忙しなく椅子から立ったりして本棚から書類を取り出して目を通していたが、じっと見つめる私に気がついたのだろう。どこか不思議そうに私を見ると、どうかしたのか?と言った。
「いえ…………あっ、リーダー。 髪の毛にゴミが……」
「? どこに付いている?」
「私が取りますよ。少しだけしゃがんでくれませんか? ……そう、そのぐらいです」
 そこからは、頭の中で何度も繰り返ししていたシチュエーション通りに行動した。背伸びをしてリゾットの肩に手をそっと置き、勢い付いて歯が当たらないように気をつけながらも、自分の唇を彼の唇に重ねた。ほんの数秒だけ押し付けて、あとは素早く離して距離を取る。我ながら思い浮かんでいた事通りにできて上出来だと思う。
「………………」
 リゾットは突然の事に真っ黒の瞳を大きく見開き、言葉を発せずに私を凝視していた。ハクハクとまるで金魚のように口を開いたり締めたりして、驚いた表情を浮かべていた。私は彼の顔を見て、作戦成功だと最初は喜んではいたが、ずっと続く沈黙に段々と興奮が引いて冷静になっていく。
 もしかして、私とんでもない事をやらかしてしまったのではないかと、感情は喜びから焦りに変わっていた。いくら恋人らしい事をやってやろうと考えたとはいえ、こういうのは順番ってのがあったのではないかと。まだまともキスもしていなかったから、するなら頬にするべきだったとかそういう後悔が大きく引き寄せられた。
 この気まずい沈黙はどれくらい続いたのだろう。もしかしたらほんの数分だけかも知れないが、私にとっては十分間どころか数時間にも感じられた。
「……驚いた」
「えっと……その」
 ようやく出たリゾットの言葉に、私はなんて言えばいいのかわからなかった。ごめんなさいと謝るべきか、悪戯大成功★とおちゃらけて言うべきか。とにかく自分がやってしまった事が、今になって恥ずかしくて羞恥で顔が熱くなった。きっとリゾットから見ても私の頬は真っ赤になっているだろう。
「その……ゴミが付いていたのは嘘なの。貴方にキスしてみたくて……」
 とても悪戯したかったからだなんて言えたもんじゃなかった。今のリゾットから見て私はどういう風に見えているのだろう。可愛らしいとかではなく、端ない女だと思われているのだろうか。
「凜、もっとこっちに来てくれないか?」
 私はまともに彼の顔を見ることができなくて俯いていたが、リゾットの問いかけに素直に彼の傍に寄った。大きな手のひらが私の顔を包むと、無理やり顔を上げさせられてしまう。
「……っ」
 言葉が出なくなってしまったのは今度は私の番だった。かち合った真っ黒の瞳に向けられた眼差しが優しくて、私が邪心でやった悪戯に全く気がついていないようだ。
 リゾットの親指がゆっくりと私の唇をなぞると、まだ忘れていない柔らかい感触が唇に重なったのだった。

 終

「背伸び」「十分間」「ポーカーフェイス」 色々小説お題ったー(単語)から


[ prev / next ]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -