■ 拾ってくれたのは一人の女だった。

『どうして、あの時あの場所にいたの?』
 数時間前に凜に聞かれた質問にオレは今は答える事はできなかった。ヘラヘラと笑いながら、君と出会うためだったからとおどけて言うと、凜はそうやって誤魔化すんだからと明日の仕事の為に眠ってしまった。一応本当の事でもあるんだけどなと、眠っている凜の髪をひとすくい上げた。

 毒蛇に舌を噛まれ意識が無くなった後、目を覚まして見えたものは病院の天井だった。口は何か器具で覆われ、腕には何本もの管が繋がっていた。身体は動かなかったが、自分が病院に運ばれ生きていることは察した。目を覚ましたことに気がついた看護師が、慌てて医者を呼んでというありがちな事が起きてから数日後にあのガキがやってきた。
 毒蛇にやられた舌をあいつのスタンドで治されてから、すぐにされた絶望的な話し。オレ以外のチーム仲間ぜーんいん死んでしまった事、あのガキが新しいボスになった事、組織に残るか組織を辞めるかは自由に選んでいい事、辞めた場合咎めることもないが危険性があった時は始末するという事、いろいろいっぺんに言われて頭がグチャグチャになって情けない事に気絶してしまったらしい。次に起きた時はガキはいなくて、連絡先だけ書かれた紙が置かれていた。
 病院を退院して数日の事が記憶になかった。以前のオレ達のアジトへ足を運んだが、荒らされていて酷い有様だった事だけ覚えている。フラフラ彷徨い雨で頭が冷えるとそういえば自分にも借りていた部屋があったことを思い出し、アパートメントに戻ったが解約されてしまったのか部屋の鍵が合わなかった。
 宛もなく体力も気力もほぼ底をついて、疲れてドアにもたれ掛かって座った。これからどうするか、あいつらのいない組織でまたクソみたいな仕事をやって生きていくか、組織を抜けて身体でも売るか、それとも死ぬか。そんな考えばかりグルグルと巡っていた。雨で冷えたせいか、寒くて蹲っているとトントンと小走りに階段を上がってくる音が聞こえた。ピタッと音が止まると、すぐ近くで人の気配を感じた。この階の住人だったか、面倒な所を見られたなと思った。案の定、大丈夫ですかと声を掛けられてしまう。気が付かなかったフリでもしようかと思ったが、今度は揺すぶられてしまったので、仕方がなしに顔を上げた。焦げ茶色の瞳をした幼い顔をした女と目が合った。……肌の色と見た目からして東洋人だろうかと少し考えた。
「……あんた誰?」
 そう尋ねてみると、この部屋の住人だと言った。そういえば、いつも後ろ姿しか見ていなかったがこの階に女がいた事を今更思いだした。いつも同じ時間に家を出て、同じぐらいの時間に帰ってきていたはずだ。しっかり顔を見たことがなかったが、割りと可愛い顔をしている。
「……ねぇ、あんたさ。オレの事拾ってよ?」
 ちょっとダメ元で頼んでみた。今オレは欲しいのは癒やしと居場所。これからの決断をする為には、まずは心を少しでも健康にしないとね。でも、女はオレの予想通りに怪訝な顔をして断った。まぁ、どこの誰かも知らない男をホイホイ拾うほどバカではないのだろう。でも、警察を呼ぼうとするのはお馬鹿さんだなと面白くなってゲラゲラと笑えた。女に、ガキの連絡先と一緒に置かれていた金の残りである札束を渡してみたが、突っぱねられてしまったのでヤケになった。どうせ風邪引く一歩前だしと思い、服を脱いであとは下だけとなった時に部屋に入れられた。やったモン勝ちだなと思った。

 それから凜との生活が始まった。ついいつもの癖で、手を舐めて血液型を当てたらビンタをされ『次は追い出す』と脅された。そして追い出されないように決められた事を必死に守った。最初はすぐに次の住処を見つけてこんなクソ堅苦しい所から出ていってやると思ったが、なんだかんだここにいる。おまけに海外出張でこの国にいると言う凜がいつ母国に戻る事になっても、一緒に行けるように日本語を勉強している。なんでそこまで?と言われると、なんと言っていいのかわからない。 
 正直いって凜とオレの性格は正反対だ。凜は糞真面目で休みの日は遊びにも行かずに、買ってきた本を読んでいて何が楽しくて生きているんだ?って疑問を持つほどだ。関係はプラトニックな物で、眠っている時を狙った以外のキスもセックスもしたことがない。たまに頼み込んでハグさせてもらうだけで、本当にただの同居人だ。それなのに、なんで組織への話を蹴って真面目にバイトのチラシなんて見るようになったのだろう。たぶんだけど、ちょっとした事の積み重ねのだろう。オレが何かをすると、すぐに気がついてくれる。夕飯を作っとくと嬉しそうにして、簡単な物なのに『美味しい』とか『有難う』とか毎回言ってくれる。凜にとって当たり前の事なのだろうけど、それがオレにとって嬉しかったのかも。どこか遊びに行ったりしないのかと前に聞いことがあるが、読書しか趣味がないんだと寂しそうに答えた姿を見て、オレが色々と楽しいこと教えてやりたいとも思った。女に対してこういう感情を持つのは初めての事だった。今まで、暗殺をする為に必要な道具としか見ていなかった。そういう風に思えるのは凜と出会えたからかもしれない。だからさっき凜に言った言葉は本当の事。

 
 街から外れた海岸の見晴らしのいい場所に、やつらの墓が作られていた。悔しいが、オレ達が作ったお粗末なソルベとジェラートの墓が立派な物に変わり、8つの墓石にはそれぞれ一人ずつ名前が彫られていた。花屋で買ってきた菊の花を数本ずつと、やつらがそれぞれ吸っていたタバコを添えた。
「オレ達が引きずり堕ろしたかったかったボスは、もういなくなってしまった。オレだけ生き残っちまった。……オレは前に進んでいいのかな?」
 ポツリポツリと呟いた言葉には返事など勿論ない。でも、言わざるを得ないのだ。まだまだアンタ等が死んでしまったことに気持ちの収集がついていなかったから。
「また来るぜ」
 凜の家に帰ろう。唯一の心の在り処に。
 ――空は憎らしいほど青かった。
 
 終

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