■ 拾ったのは一人の男でした。

 私の名前は霧坂凜。そこそこ大きい日本の会社に勤めていて、現在は海外出張でイタリアで暮らしている。昔から典型的な真面目人間と周囲に言われているけど、悪く言えばつまらない人間だと自分で思う。朝は仕事の準備をして仕事先に向かう。日中は仕事をして仕事終わりには、本屋か図書館に行き、スーパーで食材を買い夕飯を作り家事をして一日が終了。友人を作ろうと思ったけど、マイペースな人が多いこの国の人柄と私のようなタイプとは相性は良くなかったようだ。異性関係も同じで、何人かにアプローチを貰ったけど、どこか警戒してしまって結局は色めいた事はさっぱりだ。とことん損な性格。無味無臭な生活を淡々と過ごしている。

 それは帰り道に雨が降ってきてしまった日だった。本当ならスーパーに寄りたかったけど、傘がなかったから急いでアパートメントに戻った。階段を登り部屋の鍵を取り出そうとした時、私の部屋のドアに誰かが座りもたれ掛かっている事に気がついた。髪が長いから最初は女性かと思ったが、よく見れば男性だ。雨にでも濡れたのか髪はびっしょり濡れて、毛先から雫が落ちていた。
 一体どうして私の部屋の前に座り込んでいるんだと半分は怒りがあったが、半分は恐怖だった。どっちみちこの人に声を掛けなければ、私は中に入ることはできない。
「あ……あのっ、大丈夫ですか?」
 ビビリながらも声を掛けてみたが、男性は無反応だった。ま、まさか死んでいるんじゃと嫌な予感を持ちながら、今度は軽く揺さぶるとゆっくり顔を上げた。死人じゃなくてよかったと安堵したが、今度はその人の顔が美形な事に驚いた。宝石のエメラルドみたいに綺麗な緑の瞳にバランスの取れた顔立ちだ。
「…………」
「…………」
 お互いに顔を見合わせたまま、しばらく沈黙が続いた。
「あんた誰……?」
 先に口を開いたのは男だった。ずいぶんねっとりした声だと思った。
「誰って……この部屋の住人です。あなたがここに座っていたせいで部屋に入れなかったから声を掛けたんです」
 少々怒り口調気味に言ったが、相手にとってはなんともないのかジロジロと私の顔を見てくる。いくら美形でも、いい気分にはならなかった。
「……ねぇ、あんたさ。オレの事拾ってよ?」
「はぁ……?」
 拾うって犬猫じゃあるまいし。まだ犬猫の方が何倍も可愛らしいのに、少なくても成人していそうな胡散臭い男を家に上げるだなんて有り得ない話だ。
「無理ですよ、お引き取りください。人を飼う趣味だなんて私は持ち合わせていないんです。あまりしつこいと警察呼びますよ?」
 こういう輩はキッパリ言わないとわからない。警察という単語を聞いた男は愉快そうにゲラゲラと笑った。
「面白い事言っているけど、この国の警察なんて碌でもない組織だよ。今ここで呼んだとしてもちょっと多めに金を握らせれば、痴話喧嘩と処理されていなくなるだけだ……だからさっ、少しの間だけこの家に居させてよ。金なら勿論払うよ、これだけあれば充分だろ?」
 男はジャケットのポケットをゴソゴソと探ると、無造作に丸められた少し濡れている札束を私に渡してきた。
「拾ってくれないと、拾ってくれるまで全裸でこの部屋のドアに立ち塞がるつもりだけど?」
 札束を突っぱねると、この男は宣言通りに服を脱ぎ始めたので部屋の中に入れるしかなかった。

『1・部屋の中では靴を脱ぐこと、2・部屋を散らかさないこと、3・部屋の中を物色しないこと、4・変な事をしないこと』
 男は自分をメローネと名乗った。部屋に入れて早々に人の手を舐めて、血液型を当ててきたので気持ち悪くて咄嗟にビンタをかましたが、逆に喜ばせてしまった。部屋に上げてしまった以上、少しの間置いておくしかない。メローネに最低でもこの4つの事を守ってもらう事にしたのだった。
  
――人生って何が起こるかわからない。朝は気だるく仕事に行く支度をして、石畳を踏み歩きながら仕事へ向かう。淡々と今日の事業をこなして、終業時間になったらたまに本屋に寄り道をして家に帰る無味無臭の毎日。でも変わったのは、家に帰ると『おかえり』と笑い出迎えてくれる身元不明の男と美味しそうな食事が待っていてくれるようになった事だった。


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