ヤマトの作ったボンゴレビアンコをすすりつつ、光子郎は言った。
「では、はじめてください」
「お前な」
ヤマトはしぶい顔になった。
「食べながらって、行儀悪いぞ」
「大丈夫です、操作はしません。見てるだけですからテレビと同じようなものです」
そう告げる光子郎の目の前には、彼の自作のノートパソコンと、それに繋がれた太一の携帯があった。それとヤマトのデジヴァイス。光子郎も持って来ているが、腰につけたままにしてある。
ヤマトはすこし嘆息してから、携帯の画面を点灯させゲームアプリを選んだ。種目はポーカーだ。
「麻雀じゃないんですか」
「早く終わった方がいいだろ?」
ヤマトの言うとおり、アプリに入っているのは一度だけカードの交換ができるクローズド・ポーカーだ。これなら早ければ五分もかからず勝敗が付く。
アニメーションで出来たディーラーが五枚のトランプを配り終り、ヤマトは自分の手札を開けた。2と3のツーペア。カードを一枚場に捨て、山場から新しく引くが、役は変わらない。
『ベット オア フォール?』
ディーラーが掛け金を尋ねる。ポーカーは手札の悪し良しで賭けを行うか選ぶことができるゲームだ。ヤマトはツーペアで勝機があると見て、「ベット」を宣告して賭けに乗った。手持ちの100ドルから20ドル場に出す。インフェルモンは対戦相手として同じように二枚カードを捨て、宣言する。
『フォール』
賭けないという意味の宣言だった。手札が開示される。インフェルモンの役は6のワンペア。ヤマトの勝ちだった。ただこれで終わるわけではない。この場合ヤマトはインフェルモンからは金を奪えず、試合は続行となる。
次の手札が配られる。その様子を光子郎はじっと見ていた。


結局、ヤマトはインフェルモンとの勝負に負けた。インフェルモンはうまく自分の危機をフォールやチェックで乗り切り、ここぞというときに賭けに出る。ポーカーは心理戦だが、ヤマトはデジモンであるインフェルモンにほとんど手も足も出なかった。
光子郎はむずかしい顔でパソコンとスマートフォンの画面を交互に眺めている。数えて136つ目の敗北を期したヤマトは、椅子の背もたれに身体を預け、疲労困憊した体で天井を見ていた。
「大体わかりました」
光子郎の声にヤマトが反応する。両目をふさぐように置いていた右腕をよけ、声の主へと視線を向けた。
「ヤマトさん、インフェルモンを倒す手段はあります」
「本当か!?」
その途端勢いよく体を起こしたヤマトに、光子郎はうわっと叫び声をあげた。
「どんな方法だよ、あっ、インフェルモンと太一がいる場所が分かったのか! どこだ、はやく教えてくれ!」
「い、いや、ちょっとはなしてください」
ヤマトははっとする。いつのまにか光子郎の襟首を掴んでふりまわしていた。あわてて手を離すと、茶色い頭が大きく咳こんだ。しばらくして落ち着いたのか、喉にやっていた手をオレンジのシャツの裾に添え、その皺を整えながらにらみつけてくる。
「……わるかったよ」
「ヤマトさんは、げほ、ちょっと感情的になりやす過ぎです」
「悪かったって!」
満足のいく出来になったのか、光子郎はシャツから手を離した。
「で、どんな方法なんだ」
「その前に」
光子郎は太一の携帯を持ち上げた。『アソブ? コウシロウ、アソブ?』という声を無視して、携帯を持ったままリビングを去り、手ぶらで帰ってくる。
「なんだ?」
「太一さんの部屋に置いてきました。あの携帯、盗聴できるんですよね。作戦を聞かせておいたら全く意味がありませんから」
「なるほどな」
ヤマトは頷く。光子郎は改めて椅子に座り、ヤマトへと向き直った。
「今回のゲームをしてもらうことで、インフェルモンの場所が分かればいいと思っていたんです。インフェルモンが太一さんの携帯に作用すれば、その時点でインフェルモンの潜伏先との間で情報のやりとりが発生しますから。しかし、敵もさるものです、さすがにしっぽを掴ませませんでした。でも傾向はわかったんです。インフェルモンのゲームの傾向が」
「傾向?」
ヤマトが首をかしげる。
「ヤマトさん、インフェルモンとゲームをすることになった時、最初にこう言いましたよね。『相手はプログラムを書き換えられるんだろ? 勝てるわけない!』って」
「ああ」
「でもどうです? 実際やってみて、なにかイカサマをしてる気配はありますか」
「いや……それは薄々感じてた。あいつ、イカサマしてないな。正々堂々、飽くまで真正面からゲームをしてる」
「ええ。これまでの実例から考えれば、出来るはずなのに」
「それが口惜しいんだけどな、負ける方としては。まぎれもなく実力で負けてるってことだから」
「でもそこにつけこむ隙がありますよ。ヤマトさん、相手がしないなら、こちらがイカサマをしてしまえばいいんです」
さらりと言い放った光子郎にヤマトは「まさか」と言いかけて口を閉じた。この後輩には驚かされてばかりだ。
「イカサマ? って、デジモン相手にどうやって」
「簡単です。絶対にヤマトさんが勝つように仕組まれたアプリでゲームするんです」
すでに制作を知り合いに依頼しました。とメールを見せてくる。文面は日本語でも英語でもない。
「内容はさっきのポーカーアプリと同じですが、プレイヤー1、ヤマトさんの側には必ず良い役がいくように仕向けます。そうすれば心理戦もなにもありません。勝つだけです」
「うっ」
ヤマトは唸った。それはあまりにも。
「非道すぎないか?」
「やれる中での最善策をうつだけですよ」
にっと、よくない笑みを浮かべた光子郎ははやくも勝利を予感しているようだ。
そして数十分も経たず、光子郎の知り合いらしきプログラマーからゲームアプリが送られてきた。


太一の部屋から引き出してきた携帯は、更にアソボアソボとうるさくなっていた。音量をあげているらしく部屋全体に響く。
「ああ、うるさい。今から遊んでやるから静かにしろ」
『ヤマト、アソブ! ナニデアソブ?』
「ポーカーで」
インフェルモンが跳ねまわり、さっきのポーカーアプリを開こうとする。ヤマトはそれを止めた。
「ちょっとまて。それは飽きた」
『アキタ?』
「ああ。たまには気分を変えてこっちでやらないか?」
言いながら、隣で画面を見据える光子郎に目配せをする。後輩の黒い目はわからない程度に頷いた。


ややグラフィックや効果音に差はあるものの、ゲーム自体の流れは全く一緒だ。手札の配布。確認。ベット。そして手札の開示。
最初に自分に配られた手札を開いて、ヤマトはいきなりくらくらとした。
ダイヤのストレートフラッシュ。
上から二番目に強い役だ。人生に二回や三回出せれば良いような極上の役が見紛うことなく完璧にそろっている。
光子郎の知り合い、アプリ作成の腕はたしかなものだ。ヤマトは内心意気揚々と、それでも表情は硬くひきしめたまま暗い声で「ベット」を宣告する。カメラから表情を、声で抑揚を観察されているのではないかというのは光子郎の忠告だ。賭け金もやや低めに30ドル。
『コール』
役がよかったのか、インフェルモンも同じく30ドルを賭けてきた。ぱらぱらっと音を立てて、二人の手札が表になる。相手の役はハートのフラッシュだった。
『勝者、プレイヤー1』
ヤマトの持ち金は130ドルになった。
それからも、ヤマトは高い役を連発した。フォーカード、エース三枚とキング二枚のフルハウス、おまけにワイルドカード(ジョーカー)を使ったファイブカードという幻の手まで。あっというまにインフェルモンの残り賭け金は10ドルになった。
ヤマトは自分の額に汗が浮くのを感じる。今までこてんぱんにやられてきた相手をまんまと出し抜くのはひどく快感だった。それに、次の勝負で勝てば太一も戻ってくる。こんな状況、興奮しない方がおかしいだろう。
さらに、これが最後となるだろう手札を見て、ヤマトは笑うのをこらえられなくなりそうだった。
クラブのストレートフラッシュ。
しかもJ、Q、K、1、2のロイヤルストレートのニアミスだ。もしかすると2のカードを捨ててもう一枚引けば、ポーカーの最高手、最も美しく稀な役、ロイヤルストレートフラッシュになるかもしれない。
いや、そうなるに違いない。
光子郎に視線で確認を取ると、緊張した面持ちでわずかに頷いた。この見事な役を崩すなんて普通なら考えられない。が、このアプリでは別だ。
ヤマトはおそるおそる2のカードを捨て、山場から一枚カードを取ってきた。光子郎がごくりと唾を飲む。二人が注視する中、震える手で、裏返す。
クラブの10だった。
ヤマトは殆んど失神しそうになった。ここにきて、この大一番でのロイヤルストレートフラッシュ。
ヤマトと光子郎はそっと視線を交わし、どちらからともなく大きく頷いた。もし携帯のカメラがなければ二人は抱き合ってそこらじゅうを飛び跳ね回っていたかもしれない。
インフェルモンは三枚カードを交換し、お互いの役が決まった。
「いよいよですね」
「ああ」
震えそうな声をどうにか整え、ヤマトは、開示のボタンを押した。
そして二人は同時に画面へ目を落とし、固まった。


そろって言葉を無くしたヤマトと光子郎は、数秒後、同じくそっくりな様子で「ええっ!?」と裏返った声をあげた。画面の中ではインフェルモンがニタニタ笑っている。
インフェルモンの手は、スペードの10、J、Q、K、そして1。
ロイヤルストレートフラッシュだった。
「う、うそだ、そんな」
光子郎が大きく目を見開く。ヤマトも同じ気分だった。一つのゲームで、ロイヤルストレートフラッシュが同時に出るだと? ありえない。
さらに、インフェルモンのロイヤルストレートフラッシュは、スペードのものだった。ポーカーではカードのスーツ(マーク)にそれぞれ強さがあり、スペードが一番強くクラブが最弱。この手ではヤマトの負けになる。
ヤマトの持ち金から10ドルが相手に移動した。光子郎が悲痛な顔でヤマトを見上げる。
「もしかすると、ヤマトさん、これは……」
「いや、そうだ光子郎。何かの間違いだ。たまたま運が相手に回っただけだろ」
ヤマトは画面上のディーラーに新しい手札を配らせる。
「このアプリで負けるはずはないんだ。次で終わりじゃないか?」
「いえ……」
どうも悪い予感しかしない。光子郎は画面を見つめる。手札が表になる。ヤマトの手はふたたびストレートフラッシュだ。
「よしっ」
ヤマトはカメラの存在を忘れている。美しく並んだトランプの向こうで、白と赤のデジモンはいびつな笑顔を浮かべていた。
光子郎の予感は当たっていた。
『ベット オア フォール?』
「ベット!」
『コール』
インフェルモンは、次もロイヤルストレートフラッシュを出した。


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