ヤマトはハンバーガーを二つ(照り焼きソースとチリペッパーを振った辛めの味付けの二通り)、それと結局オムライスを作った。リビングに入ると、すでに集中している光子郎は全くヤマトに反応を示さなかったので、音を立てないよう、ノートPCの横に飲み物と一緒にナプキンで包んだバーガーをそっと置く。そして自分は太一の部屋に入り、デスクにオムライスを置いてスマートフォンの画面を点けた。
『何だよヤマト、さっきは……って、オムライス!』
小学生の太一がべったりと画面に張り付く。
『うわ、うまそお、食いてーっ!』
「食うのは俺だけどな」
チキンライスの上、ほかほかと湯気を立てるオムレツに、ヤマトは惜しげもなくナイフを走らせた。
黄色の裂け目が出来て、中から半熟玉子があふれだす。
『あああ、おい、なんだよヤマト、ちくしょうディアボロモン今だけこっからだしてくれ! ちゃんと戻るから!』
ちょっとした八つ当たりだが、このくらいは許されるだろう。
なげく太一の前で、ヤマトはじっくり時間をかけてオムライスを食べた。我ながらなかなかの味だ。
すっかり空になった皿をヤマトが流しにもっていくころには、太一は画面の中でいじけていた。それにふんと鼻で笑って電源ボタンを押しデニムのポケットに突っ込むと、ヤマトはふたたびキッチンへと向かった。
八神家の構造上、キッチンに着く前に必ずリビングを通ることになる。通りがけに覗いてみると光子郎はまだ食べ終わっていなかった。しかし飲み物に手をつけられているところからすると食べ物の存在には気づいているのだろう。
八神家のキッチンはきっちりと整理整頓がされていた。旅行前だからというのもあるかもしれない。ヤマトはオムライスの皿を水でさっとぬぐい、流しに置く。後で光子郎のものと一緒に洗えばいい。夕食はまたリクエストを聴いて、冷蔵庫の中にもし痛みそうなものがあればそれを使って……。
主婦のような思考で辺りを見回していたヤマトは、ふと換気扇が汚れているのに気付いた。太一のお母さんはすこし抜けているところがあって、それが親しみがありヤマトのような息子の友人側から絶大な人気を得ているのだけれど、どうやら今回は換気扇の掃除を忘れて出かけてしまったらしい。
時間はあるし、台所を勝手に使わせてもらっているかわりにきれいにしておこうか。
ヤマトは洗剤を探して流しの下を覗き込む。シンクを中心とした水周りの下には二段の引き出しがあり、そのまた下には縦幅30センチほどの観音開きの扉が横に二つ並んでいた。このマンションはキッチンが高機能なことが売りの一つらしい。
たしか床に野菜室もあるんだよな。昔太一の母に教えてもらった記憶を思い浮かべながら、引き出しに手を掛けたところでポケットの携帯が鳴った。
「なんだよ」
画面を点灯させる。白い蜘蛛のような体のインフェルモンが飛び跳ねていた。
『ヤマト、アソボ! アソボ!』
ようやくヤマトは自分が八神家にいる理由を思い出した。
「なにやってんだ俺はこんなときに……」
深く息をついて、太一の部屋へと向かった。


「おい、光子郎」
いきなり呼びかけられて、光子郎は目が覚めたような気分になる。
ほとんど自動的に続けていたタイピングを止めて振り返ると、リビングに続く廊下からヤマトが顔を出していた。顔がげっそりとしている。
「もう夜だぞ。食べたいものあるか?」
「そんな時間ですか」
パソコンの時計を見れば、たしかに日没から何時間も経っている。それにしては空腹でもなかった。何か食べていたような気がするけれど、とあたりを見回すと、乱暴に丸められた白いナプキンが皿の上に乗っていた。
思いだす。そうだ、ハンバーガーを食べたんだ。
「まだお腹は空いていないので、ヤマトさんの好きなもので結構ですよ」
「そうか……」
せっかく作ってくれた料理をまともに味わえなかった後ろめたさもありそう返すと、ヤマトはなんだか酷く疲れた様子であくびをしていた。あからさまに眠そうに目をさする。
「どうかしたんですか」
「いや。あれからずっとインフェルモンのゲームに付き合ってたからな。画面の見過ぎで眠い」
「どうです、勝てましたか」
「まさか」
ヤマトはうんざりした顔で携帯を持ち上げる。インフェルモンが鎮座する画面には新しい表示が加わっていた。122-0。
「この0ってのが俺の勝った回数だよ」
「よく続けていられましたね」
負けるとわかっているゲームを何度もするのは精神衛生上悪いだろう。光子郎の視線にヤマトが力なく笑う。
「一対一のゲームは途中から選んでないからな。ネット上の麻雀とか、ポーカーとか、他の奴には勝ててるからまだマシに思える。でも頭のどこかがマヒしそうだ」
「ネット麻雀が出来たんですか? 二名が同じ端末で」
「ああ。お前の言った通り、ディアボロモンはこの携帯自体にはいないみたいだ。俺でも一つのゲームに同じIPじゃログインできないとかは知ってる」
「太一さんだけでなくディアボロモンも外部から干渉しているとなると、大輔君たちを呼んでも本体にダメージは与えられないかもしれませんね」
光子郎のストレートな言葉に、ヤマトはむっとした。
「その話、やけに引っ張るな」
「あ、いえ。そういうわけじゃ」
「まあ、いいけどな。光子郎の方は? 進んでるのか」
「なかなか難しいですね。ただ一つだけ重要な発見がありました」
「教えてくれ」
「太一さんが転送されたときに、デジタルゲートが使われていなかったんです」
ヤマトは、変な味の料理を食べたような顔つきになった。
「それの、どこが重要なんだ?」
「大発見ですよ! デジタルゲートの仕組みは昔から不明なんです。どうやって、どのルートを使って、何のエネルギーで僕たちを情報化してデジタルワールドに送ってるのかわからないんです。もしディアボロモンがゲートを使わずに現実世界から人間を移送する手段を考えだしたとしたらすごい発見ですよ。しかも3G回線ほどの低速回線でもやりとりするなんて」
それからまた専門用語だらけの説明が始まり、ヤマトは慌てて光子郎の言葉を遮った。不満そうに見上げる黒い目に念を押す。
「あのな、当初の目的を忘れてないだろうな。お前がちゃんと太一を見つけ出すって言うから、俺はインフェルモンの遊びに付き合ってるんだぞ」
「太一さんの居るサーバは三か所に絞り込むことができました。太一さんの消えた時間帯に大手会社、大学、病院等のサーバダウンは起こってないようです。となると、ベタバイトほどの容量を一気に転送されてもまったく通常通りの場所といえば数えるほどです」
「それじゃあ、その三つのサーバの中に太一は居るんだな」
「その可能性は高いですね。ただ、一旦サーバにもぐりこんで見ないことには何とも言えません。そのための作戦を立てているところです」
はっきりと述べるあたり、どうやら脇道にそれてしまっているわけではないらしい。ヤマトは光子郎に一緒に買い出しにいかないかと誘ってみたが、すげなく断られた。
「ヤマトさん、デジヴァイス持ってますか」
玄関に向かおうとしたところで、呼びとめられる。
「持ってるけど、どうかしたか」
「光ったり、何か反応を示すことは」
「今のところないな」
「わかりました……すみませんが、今度インフェルモンとゲームをする時、少しPCに繋げて観察させてくれませんか。そのときはデジヴァイスも一緒に」
頷くヤマトに、光子郎は「今はそれだけです。いってらっしゃい」と声をかける。玄関を開けると夏の空気が肌にまとわりついた。携帯が鳴る。
『アソボ!』
ヤマトは画面に目を落とし、歩き始めた。タイムリミットはあと18:34:52。

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