総士の服を抱え一騎が幸せそうに眠ている。
「そうし…」
口元を緩め寝言混じりに衣服へ頬を寄せたのを見て、総士は思わずそれを取り上げた。
驚き目を覚ました一騎に、
「僕はここだ、こんなに薄っぺらくない」
そう告げると盛大に噴き出し大笑いされた。
どうやら自分の衣類に嫉妬したのが、余程可笑しかったらしい。
片思いを終わらせるには幾つか方法がある。
想いを告げず諦めるか、告白してフラれるか。
拗らせた切ない想いに、一騎はもう限界だった。
「好きだ総士。だから俺の事フッて欲しい」
「悪いが断る」
「何で…」
「僕もお前が好きだからだ」
片思いを終わらせるには幾つか方法がある。
両思いになるのも、その方法の内の一つだ。
その目に映りたくて視線を奪い、名を呼ばれたくて言葉を奪い、己を刻みたくて貞操を奪い、愛しくて心を奪う。
「総士に奪われてばかりだ」
「不服か?」
「違うけど。でもその内奪われ過ぎて、空っぽになりそうだなって」
「奪った分、僕でいっぱいになるように満たせば良いだけだ」
そう言って唇さえ奪い去った。
(※一総)
一騎の治療や研究にあたる総士は常に危機迫る必死さだ。
抗えない命のリミット。
遠くない未来、彼を置いていなくなってしまう予感に一騎の胸が軋む。
「決して幸せにできないくせに、お前の幸せばかり願ってしまうなんて言ったら、怒るかな?」
呟き自嘲が零れた。
「何か言ったか?一騎」
「ううん、なんでもないよ総士」
「お前を苦しめるとしても、きっともう手放なしてはやれない」
そう告げると一騎は本当に、それはそれは幸せだと言わんばかりに微笑んだ。
「ありがとう、総士」
「何故僕は礼を言われている?」
「だって、お前に手放される事以上の苦しみなんて何も無い。俺は総士に見捨てられる事が多分死ぬより怖いんだ」
喧嘩と言うより一騎が一方的に癇癪を起こした。
「総士なんか!総士なんか!ッ…」
嫌いだと言おうとして途端に言葉に詰まる。例え嘘でも言えない一言。
「一騎?」
「…どんなに怒ってても、お前の事本気で憎めない自分に腹が立つ」
拗ねてプイっとそっぽを向けば、
「僕はそんなお前が愛おしい」
なんて…、酷い話しだ。
077:『何度も練習したのにやっぱり笑えずに泣きながら「ごめん」と「すき」を繰り返す』 |
この気持ちが重荷にならない様に、せめて笑って伝えようと何度も練習したのに…
「ごめん、総士がすきだ」
いざ顔を見たら気持ちと一緒に涙も溢れた。
「泣くほど僕が好きなのか?」
「うん、ごめん、すき」
「分かった、もう謝るな」
抱きしめられて「ごめん」は止まったけれど、温かさに「すき」と涙は溢れ続けた。
078:『人混みのなかで手を繋いで歩いている二人』 |
見失わないよう総士ばかり見ていたら、足元の段差で一騎は躓いた。
フラついた体を支え、そっと手を握られて驚きで相手を見遣る。
「この人混みだ、誰も見て無い」
まるで内緒話をするみたいに言われ、繋がった手が互いに秘密を共有する。
「総士」
「なんだ?」
「手、熱いな」
「ッ、お前だって顔が赤いだろ」
079:『この人の為なら多分何でも捨てれる。この恋心ですら。って思ってる』 |
もう恋心なんて可愛らしい呼び方は出来ないのだけれど、一騎にとって命と同じ位に大切な気持ちだ。
しかし、それよりもっと大切なものが一騎にはある。
そのためならば、この気持ちさえ喜んで捨てる事も出来るだろう。
「僕としては些か複雑だ」
「俺の気持ちや命より、総士が大切って言いたかっただけだよ」
灰に塗れて虐められ、毒林檎を口にし、硝子の柩で眠り、高い塔に閉じ込められても。王子様とお姫様はどんな過酷な状況も互いを信じ運命と戦う。
「まるで一騎お兄ちゃんと総士お兄ちゃんみたいだね」
絵本を広げていた美羽の一言に、
「俺と総士、どっちが王子様でお姫様なんだろうな?」
「一騎、気にする所が違うだろ…」