伏せられた瞼には眉から頬へと走る一筋の傷。一騎はゆっくりとそれを指先で辿り、目元にかかる前髪を払う。
普段は隠れた白く滑らかな額が露わになり、無防備であどけない寝顔は幼さく見えた。
慈愛に綻んだ唇を近付け、彼の額へ優しく触れる。
「おやすみ、総士」
穏やかな眠りを願って贈る、おまじない。
042:『今朝はちょっとお寝坊さんだったんですね。ぐっすり眠れましたか?』 |
目を覚ますも、気怠さで一騎はベッドにぼんやり座る。
「今朝はちょっとお寝坊さんだな。ぐっすり眠れたか?」
「…そ…ぅ…し…」
名前を発した言葉は酷く掠れていた。
「すまない。昨夜はえらく素直で可愛かったから、無理をさせ過ぎた」
総士の言葉で昨晩の痴態を思い出し、一騎が羞恥でシーツに包まり沈むまで…あと五秒。
(※現代学生パロ)
揺さ振られ目を覚ます。
図書館の隅で、机に伏せて眠っていたらしい。
「一騎、起きろ」
呆れた顔をした総士は同じ学生服姿で、一瞬違和感を覚える。
「あれ…、俺達確か島のために命懸けで戦って…」
「島?いまお前が戦うべきは課題だと僕は思うが?」
積まれた参考書に浮かぶ苦笑いと微かな安堵。
「そっか…夢か」
淡い陽の光りに包まれた場所。
微笑みを浮かべ手際良く調理する一騎を、総士はいつもの定位置から眺める。この時間が彼は何より好きだった。
一騎の作る温かな料理の香りと、穏やかな空気が店内を満たす。
会話も無くただ何気なく流れる時間は、懐かしい様な優しくて少し胸が切なくなる位に、愛おしかった。
好き・慕う・大切・慈しむ…etc。
難しい顔で悩む総士が突然口を開いた。
「一騎、愛してる」
「いきなり何だよ」
「…やはり違うな」
言うだけ言って再び黙り込んでしまう総士に、一騎は溜息を零す。
「何がしたいんだよ総士」
「気持ちを言葉にしてみようと思ったんだが、どうやらお前に対しては既存の言語では役不足だ」
愛してるじゃ足りない、もっと最上級の愛の言葉を教えて?
046:『他のものは何もいらないのに唯一が手に入らない』 |
(総士Side:HAE)
欲しいと思うものはただ一つ。
それさえ手に入れば他のものは何もいらない。
穏やかに微笑む一騎を呼んでみるも、声が届く事はなく総士を苛む。
欲しくて欲しくて仕方ない唯一のもの程手に入らないんじゃない…、手に入れてはいけないんだ。
大切で愛おし過ぎて、不器用な自分はきっと壊してしまうから。
047:『他のものは何もいらないのに唯一が手に入らない』 |
(一騎Side:HAE)
欲しいと望むものが一つあって、それ以外は何も欲しく無かった。
穏やかな声で総士に名を呼ばれた気がしたけれど、一騎の周りにはただ静寂が広がっている。
欲しくて欲しくて仕方ない唯一のものは手に入らないんじゃない…、手から砕けて零れ落ちて消えてしまうのだ。
大切で愛おし過ぎて、きっとこの手には収まらない。
「俺もやってみたい」
そう言い出した一騎は、抱き締められていた腕の中から抜け出し、逆に総士を背後から抱き込み腕を絡める。
「どうして総士がこうしたがるか、ちょっと分かった気がする」
「どう言う意味だ?」
「コレ、すごくお前を独り占めしてるって気分になる」
そう言って一騎は総士の髪に鼻先を寄せた。
049:『イヤホンを半分こにして音楽を聴いている二人』 |
(※学生現代パロ)
木陰で陽炎に揺れるグラウンドと青い空を眺めた。
片耳を塞ぐイヤホンからは切ない恋の歌が流れ、白いコードが二人を繋ぐ。
「総士、変わらないものってあるのかな?」
「僕は不変や永遠に価値があるとは思わない」
ずっとこのままで居たいと縋る一騎の目を射抜きながら、総士は唇を開く。
「好きだ、一騎」
(※補足、二人が聞いてる曲は奥/華/子さんの『変/わ/ら/な/い/も/の』。時をかける総一なイメージ)
今思うと最初から決めていたのかもしれない。
何処にもいない存在だった頃から、何者にもなれないなら、せめて一騎とひとつになりたかった執着。自分の本質。
きっと、本当に帰りたいと望む場所は此々なのだと
(此々に居たい。此々が僕の居場所だ…)
抱きしめた一騎の心音を聞きながら、総士はそう思った。