171:『かしずく』
(※Twitter未公開)
足元で膝を付いている総士を眺めて、一騎はこの幼なじみはこう言う仕草一つでさえ、他人を魅了してしまうんだな…と、やや現実逃避気味にぼんやりと考えていた。
傅くなんて真似をやって様になるのは、精々執事や騎士や王子様と言ったメルヘンな存在位だろうと思っていたのに…。
椅子に座ったまま総士によって靴と靴下を脱がされ、現になった足先をそっと手に取られた。
つま先へ人差し指を這わせ、滑らかな動きで爪の形を検分される。
「割れたり出血はしていない様だ」
「だから大丈夫だって言ったのに」
総士の目の前で扉に足をぶつけてしまった。
指の先と言うのは特に神経が通っているから、箪笥なんかの角に小指をぶつけた時のアレを想像して欲しい。
言葉にならない痛みに思わず座り込みかけると有無を言わせず強引に椅子へと運ばれ、「大丈夫だと」涙目で訴えても聞き入れて貰えず冒頭に繋がると言う訳だ。
「あれだけ痛がっていたんだ、確認の必要がある」
「だからってこの体勢はどうかと思う…」
相変わらず地に伏したまま足先を捕われた状態に気まずさを覚える。
まるで自分が総士を従えている様にも見えるだけに、落ち着かないのだ。
しかしどうやらそんな一騎に気付いたらしい総士は、仄かに唇に弧を描き、
「それより随分と足の爪が伸びている。またぶつけて今度こそ怪我でもされたら危険だ、僕が切ってやるから部屋まで来い」
「いや、爪切り位自分で…」
「一騎」
ゆっくり優しく、しかし強く諭す様な音で言葉を遮り名を呼ばれた。
嗚呼、この声に弱い…、決して逆らえないし逆らいたくもなかった。
きっと総士の部屋のベッドに腰かけさせられ、傅く総士に爪を切られる自分の姿が安易に想像出来てしまう。
結局、こんな体勢でもまるで自分が総士を従えている様にも見えるだなんて、酷い勘違いも良いところだと思い知る。
172:『ひざまずく』
(※Twitter未公開)
差し出した足先、恭しい仕草で靴を脱がされスルリと靴下も取り払われた。
足元に跪く一騎の手には小さな小瓶が一つ。
深く鮮やかな紫の液体が詰まったそれは、本来ならば女性が爪先を彩るための化粧品…、そうマニキュアだ。
最も足先に施される場合はペディキュアと言うのだが、この際そんな事はどうでも良かった。
瓶の蓋を開けるとキャップの内側に付随した色を塗るための筆。
一騎はその先端に紫の液体を纏わせると、至極楽しそうに再び総士の爪先へと左手を添わせ、右手でゆっくりとネイルに色が落とされた。
「っ…」
「はみ出るから動かないでくれ、総士」
「そう言われても擽ったい」
我慢、我慢、と軽く流され細い筆先が器用に色を塗布してゆく。
右が終われば今度は左へ移る。
椅子に座った状態で自分の足元に膝を付き、かいがいしく綺麗に塗り揃えられていく爪と一騎の様子を総士ただ眺めていた。
「よし、出来た」
ふぅっ、と軽く足先に触れるか触れないかの位置へ一騎は唇を近付けて、息を吹き掛けられる。
その感触に一瞬思わず身をすくませつつ、足元へ目を向けると10本の爪すべてが濃い菫色に染まっていた。
「満足したか?」
「うん、楽しかった。それに思った通り総士によく似合ってる」
何が嬉しいのか理解に苦しむ。だが一騎はそれはそれは満足げに微笑んでいた。
鮮やかに彩られた足先には少々複雑な気持ちでいっぱいだが、彼のこんな顔が見られるなら一騎から懇願されて始まったこの意味の分からない戯れも、案外悪くないなと総士は思ってしまった。
(※補足、前回「かしずく」を書いてる最中に、逆に総士の足元に膝を着く一騎も良いよね!!!と思い付いたので書いてみました。後、ペディキュアは私の個人的な萌えポイントです。足先へのキスは「崇拝」の意味があったりするので、一騎が総士のおみ足のお世話とか堪らなく萌えるんですが、皆さんはいかがでしょう?(笑))
173:『永遠のさよなら』
(※Twitter未公開)
遠い遠い場所に引き離された。
すれ違い遠ざかりまた近付いて、繰り返し繰り返しつかの間の逢瀬。
何度も繰り返して、そしていつも…
『すまない』
「大丈夫、今来たところだよ」
そう言って一騎は笑うけれど、そのあからさまな「嘘」を見抜け無い程に彼も愚かではない。
『僕はお前を待たせてばかりだな』
自責と諦めとほんの少しの幸せを混ぜた様な顔をした総士。
どんなに待たせても一騎は、一騎だけは、絶対に待っていてくれると言う信頼。
だからどんな痛みにも耐えてこれたし、耐えていける。
「いいんだ。だって待っていればいつかきっとまたお前に会えるだろ?」
その問いに頷くとまるで泡の様に総士は弾けて消えた。
閉じた目を開くと目の前には眩しい陽射し、青い空と澄み渡る海。
右手に繋がれた小さな子供の手が、くいくいと気を引く様に一騎を引っ張る。
小さな彼はこうしていつも引き戻してくれた。
遠い遠い場所に引き離された。
すれ違い遠ざかりまた近付いて、繰り返し繰り返しつかの間の逢瀬。
何度も繰り返して、そしていつも…
永遠のさよならだ。
174:『なかしたい。ないてほしい、ぼくだけのために』
(※Twitter未公開:学生片想いパロで総→一)
平気そうな顔をしてヘラリと笑う一騎を憐れに思うと同時に、胸に刺さった小さな棘が痛みをともなって疼き始める。
何かに耐えるように制服の裾をギュッと握り締め、隠し切れない微笑みに滲む憂い。
チリチリと焼け付く様なそれは、酷く総士を苛立たせた。
「…一騎」
溜息と共に「強がるな」と言う意味を含ませ一言名を呼べば、途端に一騎の顔がくしゃりと歪む。
そうしてポロリと零れた雫を、なんて綺麗なんだろうかと見詰めていた。
「何で俺じゃ駄目なんだろ…、こんなに好きなのに…」
その言葉に血が滲む程に拳を握り締める総士に一騎は気付かない。だからこそ、そんなにも残酷な言葉が吐けるのだ。
(そんな事、こっちが聞きたい位だ。何故僕じゃ駄目なんだ?こんなに…こんなに……)
こんなに恋い焦がれているのに、あの綺麗な綺麗な雫は、何故自分のモノではないのだろう…
微妙な19のお題様より、16
175:『きみと共有するものは、空気とことばと、それともう一つ』
(※Twitter未公開)
気分と言うか、波長と言うか、流れと言うか。
雰囲気と言うか、タイミングと言うか、呼吸と言うか。
多分そのどれもが当て嵌まるのだろうけれど、何と無くそれを「察する」事を一騎は無意識で出来てしまう。恐らく総士もそうなのだろうと妙な自信から話しを振ると、軽く頷かれたので確信に変わった。
どう言う原理なのかは分からないけれど、どちらかの「キモチ」に引きずられる様にいつの間にかシンクロしてしまうのだ。
「なんか、クロッシングみたいだな」
一騎の言葉に総士が少しばかり苦々しく笑みを浮かべた。
互いの全てを共有出来るシステムは、確かに理論上は全てを知った気になれるかもしれない。
けれど人の心や気持ちと言うものはそう単純では無い事を、自分達が1番良く思い知っているからだろう。
「確かに以心伝心めいてはいるが、その言い方は情緒に欠けると思わないか?一騎」
「お前って実はロマンチストなところあるよな、不器用だけど…」
「一言余計だ」
何気ない言葉を交わす、視線が絡まり距離が縮まる。触れそうで触れないもどかしい間合いで、肌が粟立つみたいに高陽する空気感に引きずられた。
愛おしいと心が叫ぶままに、重なった柔らかな感触。
零距離のその触れ合いは、声も呼吸も命さえも分かち合っている様な…、そんな気持ちになってしまう。
微妙な19のお題様より、12
176:『ただ、偶然かもしれなかったあの瞬間』
(※Twitter未公開:ヤンデレサイコらぶ)
白い白い指先が…
赤い赤い布きれを……
絡めて、結んで、緩やかに………
嗚呼、どうかそのまま強く強く強く…………
締め上げて、お願い、隙間なく、奪う様に
細い細いそこを塞いで、苦しめて、苦しめて、このまま終わらせてくれたなら
「一騎?」
びくりと肩が跳ねて、一騎は白昼夢から引き戻された。
目の前では総士がいつもと変わらない様子で、そっと自分の胸元から手を離す。
そう、確かスカーフが曲がっているからと、わざわざ直してくれたのだ。
「ありがとう」
「いや、構わない」
行こう、と促しながら白い廊下を総士が先に歩き出す。数歩進んで立ち止まり、首だけゆっくり振り返る。
「お前の首、随分と細いな」
「え?」
「それに色が白い。赤いスカーフとの対比は、どうにも僕には目の毒だ」
「総士、お前…」
そのまま再び歩き始めた総士に、一騎はそれ以上声をかける事が出来なかった。
あの一瞬は夢だったのか、幻だったのか、願望だったのか…
そして、総士の言葉はただの戯れか、偶然か…
(あのまま、絞め殺して欲しかったなんて)
(あのまま、絞め殺してしまいたかったなんて)
微妙な19のお題様より、01
177:『たくさんの好きと、たくさんの愛を、きみに』
(※Twitter未公開)
【この部屋は貴方の想いがカタチとなって見える部屋です】
床も、壁も、天井も、一面が空虚な部屋の中で、足元に落ちていた小さな紙切れにはたった一文そう書かれている。
それだけだ、それ以外には何もなかった。
自分が「誰」で「何」なのか、ここが「何処」で「何故」こんな所にいるのかさえも分からない。
けれどただ一つ、たった一つの面影だけは脳裏に深く刻まれていた。
長い亜麻色の髪に吸い込まれそうに澄んだ瞳の色。整った美貌に一線刻まれた傷跡が見える。
ああそうだ、あの美しいものに疵を付けたのは自分だ。
恐ろしかった、悲しかった、怖かった、不安と自己嫌悪で消えてしまいたかった。
何故って?
本当は傷付けたくなんて無かった。
いや、どうだっただろうか…。
もしかしたらひっそりと、心の何処かでは、傷を付け自分と言う存在の証を刻んでしまった事に、後ろ暗い喜びを感じていたのかもしれない。
けれど、だってそれは自分があの美しい人を…
「好きだから、愛しているから」
唇から言葉が溢れたのと同時に、空虚だった部屋にぶわりと花が舞った。
おびただしい数の淡く恥じらう薄紅や、情熱的で真っ赤な花が、辺り一面全てを覆い尽くし足元は花弁で埋もれている。
【この部屋は貴方の想いがカタチとなって見える部屋です】
あの紙切れの言葉が本当なら、どうかこの咲き誇る花の全てを、あの美しい人に捧げさせてほしい。
微妙な19のお題様より、06
178:『まだ言葉というものに怯えたままのぼくから、』
(※Twitter未公開)
【この部屋は貴方の言葉がカタチとなって見える部屋です】
床も、壁も、天井も、一面が空虚な部屋の中で、足元に落ちていた小さな紙切れにはたった一文そう書かれている。
それだけだ、それ以外には何もなかった。
自分が「誰」で「何」なのか、ここが「何処」で「何故」こんな所にいるのかさえも分からない。
けれどただ一つ、たった一つの面影だけは脳裏に深く刻まれていた。
艶のある真っすぐな黒髪に、透けるほどに白くきめの細かい肌。
甘く穏やかで何処か強い光りを秘めた目は、かつては怯えと恐れと疑念と哀しみを宿して自分を見詰めていた。
ああそうだ、あのあどけなく無垢なものを縛り付けたのは自分だ。
空っぽだった、何も無かった、何にもなれなかった、羨ましくて妬ましくて淋しくて、諦めと渇望の狭間でただ一つになってしまいたかった。
何故って?
本当はあの純粋さを汚したくは無かった。
いや、どうだっただろうか…。
もしかしたら奥底では、無意識の心の内で、いたいけで何も知らない柔らかな心を、自分と言う存在で縛り付けてしまう事に、歓喜にも似た醜い執着と依存を抱いていたのかもしれない。
けれど、だってそれは自分があの優しい人を…
優しい人を……
「………ッ」
言葉が喉の奥につっかえて出て来ない。
言ってはいけない。言ってはいけない。
いくら望んでも求めても自分は返してはやれない癖に、これ以上あの優しい人を縛ってはいけない。
それでも「好きだ」「愛している」と溢れ出しそうな言葉に怯える。
「…か、ず、き」
唇から溢れたのは言いたかった言葉じゃなくて、たった三文字の名前。
同時に空虚だった部屋にひらりと花びらが落ちた。
淡く恥じらう薄紅や、情熱的で真っ赤な花が、ぽつんと足元で揺れている。
【この部屋は貴方の言葉がカタチとなって見える部屋です】
あの紙切れの言葉が本当なら、まだ言葉というものに怯えたままの僕からあの優しい人へ、せめてこの花だけでも渡せたら良かったのに。
微妙な19のお題様より、14
179:『あの日から浮かぶのはいつも決まって』
(※Twitter未公開:高校生パロ)
真壁一騎、皆城総士。
名前の順で定められた新入生のクラス座席。
同じま行の苗字だったから、たまたま、偶然、彼の後に座れた事は本当に奇跡にも等しい出来事だった。
『はじめまして、真壁一騎です。よろしくな?』
振り返って声を掛けられた。
窓から差し込む柔らかな春の陽射しの中、教室の喧騒も耳に入らなくなる位に、おっとりとした優し気な声と微笑み。
あの瞬間、総士が奪われたのは視線だけではなかったらしい。
「で、すっかり色ボケちまってる訳だ」
「総士の前の席って誰が座ってるの?」
中学からの持ち上がり組である友人の近藤剣司と春日井甲洋は、昼食に買ってきた購買のパンにも手を付けず、ぼーっと宙を眺めたままの総士に苦笑を浮かべる。
ここ最近彼はずっとこの調子で上の空なのだ。
「真壁一騎、エスカレーター式のウチの学校じゃ珍しい高校からの編入生だ」
「ああ、こっちのクラスでも噂になってるよ。華奢で可愛い顔してるのに凄い運動神経なんだって?」
この中で一人クラスが違う甲洋の言葉に、今までぼんやりしていた総士が急に大きく頷いた。
「そうなんだ、今日の体育の授業でも凄かった。課題は高跳びだったんだが一人だけどんどんバーの高さを上げていって、しかも飛ぶフォームも素晴らしく綺麗で、まるで、そう…、天使が飛んで落ちてきたのかと思った程だ」
言うだけ言うと総士は再び「はぁ…」と悩ましい溜息を零し、意識を空中へと戻す。
「これは、…重症だね」
「だろ?」
甲洋の濃くなった苦笑いにお手上げだとばかりに剣司が肩を竦めたが、総士はコチラを気にするでもなく絶賛夢想中だった。
そう、あの日から浮かぶのはいつも決まってあの子の姿らしく、どうやら彼は恋い患ってしまっているらしい。
微妙な19のお題様より、02
180:『欲しいものない?ってきかれてお前って答えちゃう二人』
「何か欲しいものは?」
と総士に問われた。
『お前からなら何でも嬉しい』
と答えるつもりが、一騎は言葉に詰まる。
「…何でも良いのか?」
躊躇いがちに口をついて出たその声が微かに震えた。
「ああ、ただし一つだけだ」
頷く総士の目を見て、一騎は言い放つ。
「じゃあ、お前が欲しい」
歌う様に「お前が欲しいよ、総士」と告げる一騎に、彼は無言で悲しい目をしている。
途端に罪悪感が湧き出した。
こんな風に困らせると分かっていたのだけれど…。
それでもやっぱり、『それ』が欲しかった。
どうしようもなく、『それ』しかいらなかった。
『それ』以外に一騎が望む物なんてこの世に何も無かったのだから。
補足:昨夜久しぶりにTwitterに流したお題SSに加筆しました。やはりサイトで文字数制限無しで好きに書き散らすのに馴れてしまって、140文字と言う枠組みの中では書きたい事を上手くまとめられないですf^_^;