ドキドキとうるさい心臓。
普段感じるものとは異なるタイプの緊張。
フレンは無駄に深呼吸を繰り返した。
普段着でこうして人を待つなど、最近ではあまりなかったことだ。
何度も時計を見上げては、進まない針に妙な感情を抱いていた。
「フレン、時間、まで、まだ、15、分、ある、よ?」
地面を見つめていたフレンは、その声にパッと顔を上げた。
フレンが見慣れたシンプルな白い服ではない。
適度にフリルがついた薄い桃色のワンピース。
足下には、花の飾りがついたミュール。
紅玉の髪は軽く波をうち、白いリボンが結んであった。
「フレン。 私、の、格好、変?」
フレンが思わず黙ってしまったから、ハイネが尋ねる。
不安そうな、とか。
拗ねたような、とか。
そんな装飾を本来なら彼女は必要としない。
けれど、今は確実にそのような色を含んでいるように思えた。
「すごく可愛いよ」
「ありがとう。エステリーゼ、に、借りた、の」
そう言えば、昨日彼女は色々言っていた。
デートの心得だとか……。
「顔、赤い、よ。この、服……そんな、に、好き?」
「……」
素晴らしい勘違い。
ハイネにとって、感情(キモチ)はまだまだ勉強中のものだ。
自分の感情も、誰かの感情も。
「行こうか、ハイネ」
「まだ、出発、の、時間、じゃない、よ?」
「せっかくの君との時間だから。色々一緒に見たいんだ」
ハイネが帝都ザーフィアスで暮らすようになって、まだ日は浅い。
と言っても、数ヶ月は経つだろうか。
行動範囲は、城の一部だけ。
だからこそ、フレンはもっと様々な景色を見せたかったのだ。
「あのね、フレン」
「何だい?」
隣を歩く彼女は、『いーっ』と言うように唇を左右に引っ張った。
キョトンとするフレンを見上げ、言う。
「私、ね。笑う、こと、できない。でも、こうしたら、笑って、いる、みたい」
「ハイネ……」
「エステリーゼ、が、教えて、くれた。もっと、一緒、に、いたい、気持ち。それ、は、楽しい、から」
探り探りな、たどたどしい言葉。
それでもハイネなりに考えて、選んだ言葉。
一生懸命に伝えてくれたその言葉を、そして彼女自身をとても愛しく思った。
「僕も楽しいよ。ハイネと一緒にいるのも好きだしね」
「私、も、好き」
「ありがとう」
ハイネがピタリと足を止めた。
「ハイネ?」
「フレン、怒らない」
「……えと、何の話?」
「私、が、好き、って、言う、と、いつも、嫌、な、顔、を、する、から」
ハイネには嫌な顔に映っていたのか、と自らを分析した。
彼女が口に出す『好き』は、フレンのものと大きく異なる。
それが苦しくて、悲しかった。
「フレン?」
「嫌じゃないんだ。ただ……」
「?」
「君には、いつか気づいてもらいたいから」
「何、に?」
フレンは唇にそっと人差し指を当てる。
答えは教えないという意味で。
ハイネはその意味がわからなかったらしく、フレンの真似をした。
「ハイネ、行こうか」
「どこ、へ?」
「思い出をたくさん作れる場所」
「記憶、だ、ね。記録、じゃ、ない。記憶。思い出」
数秒迷って、フレンはハイネの前に手を出した。
「……。ハイネ、握手をしたかったわけじゃないんだ」
「じゃあ、こっち、かな?」
ハイネは手を変えて、指を絡めてきた。
フレンは普通に手を繋ぐつもりだったから、驚いた。
驚かずにはいられない。
「ハイネ」
「また、違う? せっかく、エステリーゼ、に、教えて、もらった、のに」
「……」
言おうとしていた言葉は消えた。
手を離そうとしたハイネを引き留めるように力を入れる。
「……フレン?」
「間違っていないよ。行こうか」
「うん」
さっきとはまた違う感覚で歩き出す。
ちらりと視線を向ければ、ギュッと繋がれた手。
分かち合えない体温をまた少し切なく思った。
それでも、この時間はかけがえのない愛しいものだった。
プラネット・アクセス(ほら、『好き』が溢れていく)2010/09/17
加筆修正 2013/09/18
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