ベッドの上で上半身を起こし、ハイネは一点をじっと見つめていた。
どれくらい長い時間見つめていただろう。
少なくとも、『1日』以上。
トントンと部屋の扉が叩かれる。
しかし、今のハイネは外部からの情報をすべて排除しているため、聞こえない。
「ハイネ?」
遠慮がちに声をかけて入ってきたのは、フレンだった。
気づくはずなどなく、ハイネは先ほどから止まったまま。
「ハイネ!?」
当然フレンは驚き、彼女の肩を揺する。
何度か徐々に力を強くして揺すれば、ようやくハイネは顔を向けた。
「……フレン?」
「良かった……」
「何、が、あった、の?」
変わらない表情だが、不思議と何かを訴えるような顔色に見えた。
その『何か』はフレンにはわからなかったけれど。
「君、もしかして、ずっと……」
「何、の、話?」
「いや、何でもない」
首を傾げるという動作をした後で、ハイネはベッドから出る。
実際、彼女には眠るという行動は必要ない。
彼女が『眠る』のは人らしい生活をするためと、エネルギーの消費を抑えるため。
実際に寝ることはないが、彼女は人同様『睡眠中』に記憶の整理をしていた。
何かしら問題があったのだろうか。
「……何?」
「あ、ごめん」
ハイネを気にかけるあまり、見つめすぎていたようだ。
素直に謝り、彼女の部屋へ来た目的を告げる。
「実は、リタが君に会いたいって言ってきたんだ」
「リタ、が? メンテナンス?」
「……この前の定期検診。その時のデータで少し気になることがあるらしいよ」
ハイネは何か答えを探すようにうつむいた。
リタの気になることに心当たりがあるようだ。
それなら、早い方がいい。
「リタはいつもの部屋に来ているんだ」
そう伝えると、ハイネは“うん”と頷いた。
「フレン、も、一緒、に、来て、くれる?」
「え?」
「フレン、が、一緒、だと、安心、する。迷惑、かな?」
可愛らしく首を傾げる仕草は、わざとだろうか。
どこか甘えたような雰囲気は、わざとだろうか。
「フレン?」
「わかった、いいよ。今日は休みなんだ」
「ありがとう」
二人はリタを待たせている客室へ向かった。
シンプルな客室の扉を叩いて入る。
エステリーゼと話をしていたリタは、ハイネの姿を見ると駆け寄ってきた。
「良かった。嫌がられるかと思ったから」
「そんな、こと、ない、よ?」
「で、今日は珍しく一緒なのは、何故?」
リタの鋭い視線を受けて、フレンは苦笑した。
「ま、いいわ。早速だけど、いい?」
「うん」
「フレンはわたしと一緒に待っていましょう?」
「そうですね。じゃあ、ハイネ」
「うん。また、ね」
フレンとエステリーゼが出ていった扉を数秒見つめた後で、ハイネはリタと向き合う。
「多分、言いたいことはわかってると思うんだけど」
リタがそう切り出せば、ハイネは頷いた。
必要に応じて蓄積された『記録』ではなく、ハイネ自身が望んで残した『記憶』の話。
「夢、を、見た、の」
「うん」
「ずっと、ずっと、前。私、は……」
リタは淡々と言葉を紡ぐハイネの話を全部聞いてから、彼女を抱きしめた。
「それは、普通のことだから」
「普通?」
「うん。普通。あたしは、ハイネがそういう感じ方をできることが嬉しい」
リタが嬉しいと告げたこと。
ハイネも嬉しかったのか、応えようと思ったのか。
優しく抱き返した。
「ハイネ、ちゃんとフレンに伝えてあげて?」
「フレン、に?」
「そう。きっと、ハイネが新しい一歩を踏み出すきっかけになるから」
「……わかった」
一応、他の部分もみた後で、彼らの待つ場所へ。
「お疲れさま」
「うん」
エステリーゼに会釈して、ハイネはフレンの手を握った。
「ねえ、フレン」
「何だい?」
「今度、デート、しよ?」
「……はい!?」
それは、フレンがハイネから聞く初めての言葉。
それは、ハイネが初めて見るフレンだった。
モノクロ・コード(サヨナラ。記憶の欠片)2010/05/06
加筆修正 2013/09/18
← →
←top