鮮やかさを失うことであなたと対等になる


骨折だと云われた。

利き腕で無かったのが唯一の救いか。

否、そんな物救いになんか為りやしない。

鎮痛剤が切れて痛みを主張し始める其処に暴言を吐きたくなった。

ズキンズキンと患部が痛み、脳までその痛みは直接的にぶつかって来た。

耳の奥が痛む。

思考する、と云う事が出来ない。

脳に棒を突き立てられ、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられている様な気がした。

息が詰まり、其の場に膝をつく。

肩で呼吸をし乍ら、ポケットを漁れば、医務室で貰った(正しくは強奪した)鎮痛剤が零れた。

片手で何とか取り出し錠剤を飲み込んだ。

一錠や二錠ではない量を強引に噛み砕く。

こうした処で善くなるなんて思っていない。

只、使い物に為らない状況だけは避けたかった。


「あれ、杏樹? こんなところで何をしているんだい? 床磨き?」


どす黒い闇を背負った明るい声が降って来る。

未だ痛みの引かぬ状態の侭、顔を上げれば最年少幹部様の片目と視線がぶつかった。


「太宰、さん……」

「やあ、なかなか面白そうだね。私も交ぜて貰って善いかい?」

「否、其の……此れは……」

「判っているよ。処で、此の薬はお勧めしないよ。効きが悪い上、副作用が強い。役立たずに為りたいのなら、止めやしないけど」


耳の奥が更に痛んだ。

役立たずは捨てられる。

此処に居られなくなる。

ゴミの様に捨てられる。

其れは最も避けたい未来の形。

今すぐ吐き出さなければ……。

そんな杏樹の心の中を読み取った彼は、彼女の前に膝をつき、彼女の口元を覆った。


「駄目だよ、杏樹。痛みを無くしたいのだろう? 吐き出すなんて勿体無いじゃないか」


吐かせて欲しい、今直ぐに。

涙目の杏樹等御構い無しに太宰は話を続ける。

其れは下らない世間話。

まるで時間稼ぎをしているかの様な。


「だ、ざ……さ、ん……」


彼の掌に吸い込まれて行く声。

にこりと貼り付けた笑みが杏樹を迎える。

其の雰囲気に恐怖を感じて、身体を震わせた。


「如何したんだい、杏樹。寒くなったなら、暖めてあげようか?」


頭を大きく振って彼の言葉を否定する。

意味が有るのか無いのか判らなかったが、素直に頷く事なんて出来やしなかったから。


「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。流石の私でも傷付くよ」

「其れは、済みません……」


嗚呼、駄目だ、と杏樹の頭の中で自分の声が響く。

意識を保っていられない。

かと云って、此処で意識を手放す訳にもいかない。


「ゆっくりお休みよ」

「で、すが……」

「君を寝室に運ぶ位の事はしてあげるさ。面白い物が見られたお礼にね」


強制的に杏樹の世界は終わった。



***



「お早う、杏樹。気分は如何だい?」


ゆっくり浮上して行く意識が捉えたのは、最年少幹部様の姿。

杏樹が眠っていた寝台の傍らに腰掛け、何時もの様に本を開いていた。

意識が未だ夢の淵にある。

曖昧な現実との境界線。

若しかしたら、此れは未だ夢の続きかも知れない。

否、恐ろし過ぎる現実だ。

頭の中で幾つもの声が聞こえた。


「杏樹? 寝惚けている様だね。どうせなら――」


太宰の言葉が途切れる。

杏樹が彼の腕を掴んだからだ。


「現実、ですか。わたしは、生きている。……処分されなかった?」

「処分? 如何云う意味だい?」

「役立たずは捨てられる。殺して欲しいと懇願するような殺し方で……」

「一体何処で手に入れてきた情報なんだい? 情報収集の仕方を習った方が善いかも知れないね」

「う、そ……?」


身体の力が一気に抜けた。

太宰の腕を掴んでいた手が滑り落ちる。


「君の最近の無茶は其れが原因かい? まったく、困ったものだね」

「え?」

「期待の星が簡単に潰れて貰っちゃ困るって云っているのだよ。其れ位読み取って貰わないと面倒臭い」

「……はい」


太宰の口から飛び出した言葉を消化しきれない侭、頷いた。

今は未だ殺されないと云う現実に体が喜ぶ。

安堵したと共に腕の痛みが戻って来た。


「何か食べた方が善い。其れから、薬を呑むんだね」

「はい」

「……羨ましいよ、君が」


部屋を出て行く際に扉の音と共にそんな言葉が閉じられた。



鮮やかさを失うことであなたと対等になる



title:残香



(2017/09/26)


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