数日間碌に睡眠を摂れなかったが、無事二日間の休日をもぎ取る事に成功した。
今すぐ寝てしまいたい気がしたが、其れも勿体なくて、中也は何時もの店へ足を向けた。
扉を開けて、席に着く。
酒を適当に注文してから、突っ伏した。
やばい、寝てしまう……と思った時だった。
頭を思い切り殴られた。
「中原君、久し振りー。元気だったー?」
程良く酔いが回っているであろう女性。
敢えて云うならば、そう親しい訳では無い。
顔見知り程度の関係だ。
「……色瀬、痛い」
「痛いとか嘘でしょー。中原君男の子だから、痛いとか感じないしー」
可成り悪酔いしている様だ。
店主に視線を向ければ、頭を左右に振られた。
手に負えないのでお願いします、だろうか。
連勤明けに面倒な女の相手はしたくない。
中也は出てきた酒を一気に飲み干し、店を出ようとした。
「一寸、中原君。冷たいよ。もう一寸私に付き合いなさい」
腕を掴まれた。
絡まれた。
そんな力では簡単に引き離せるけれど、放っておくのは少しだけ可哀想だと思ってしまった。
自分も相当甘い。
もう一度席に着けば、彼女は当たり前のように隣に座る。
「店主(マスター)、中原君が先刻呑んでたの頂戴」
「おい」
「二つね」
「其れ以上呑まない方が善いと思うが?」
「滅茶苦茶弱い中原君に云われてもねえ。私は一寸酔いたい気分だから、付き合いなさい」
十分酔っているのだから、もう止めてもらいたい。
届かぬ願いは其の侭空気に溶けた。
彼女の勢いは中々止まらなかった。
口の速度も酒を煽る速度も。
其の勢いに押され、中也は殆ど酒を口にしなかった。
酔う気分に為れなかった。
眠気も息を潜めてしまった。
そろそろ店を閉めると告げられたら、杏樹は中也の腕に抱き着いたまま、彼の家へ行くと宣言した。
放り投げてやろうかと真剣に思ったが、普段と違う杏樹を見捨てられないと云う甘さが勝ってしまった。
本音を隠して嘘を並べる彼女は、中也に何を云いたいのだろう。
静かな室内に足を踏み入れ、二人はソファに座った。
用意した水に彼女が口を付ける気配が無い。
「ねえ、中原君」
彼を押し倒し、其の腹部に乗った彼女は何時もと違う笑みで嗤う。
「……何だ?」
掠れた声が情けない。
多分杏樹は其れとは違う意味で未だ笑っている。
「中原君は私の事嫌い?」
「は?」
「嫌い? 好き? どっち?」
「嫌いじゃねえな」
「好きでもない?」
「否、其の……」
好きだとはっきり口にできる程の関係性では無い。
其の単語を口にすれば、二人の関係は屹度変わってしまう。
変えてはいけないと中也は思っていた。
此の曖昧で近すぎない距離感が善かったから。
偶々会って話をする関係性が心地好い。
此れ以上も此れ以下も存在しない。
其れなのに……。
杏樹は顔を近づけた。
酒の中に甘さを溶け込ました声が中也の名を呼ぶ。
「壊しに来るんだな」
「好い加減壊さないと終われないの」
「終わらせる心算か」
「そうよ。終わらせる」
甘ったるい声が降って来る。
其れはまるで涙の様にぽたぽたと。
覚悟を決めた様に唇を落として来た彼女の躰をそっと抱いた。
アルコール漂う真夜中の
title:残香
(2017/09/24)
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bkm