『On your mark――Ready――Go!』
スタートの合図と共に走り出す。
綺麗なフォームで華麗にコースを進む。
全力で走り、完璧な形でリレーションする様は、その一瞬を切り取りたくなる。
構えたカメラは彼らが走り出してから、胸の位置のまま。
自分の目でずっと見ていたくなるのだから仕方ない。
この空気を共に感じていたいなんて思ってしまった。
アンカーを務めた部長にタオルを差し出すリレーショナー。
チームワークが綺麗に形作られた彼らに思わず拍手を送っていた。
「誰だ?」
誰かが杏樹を警戒する声を出した。
空気が強張るのを肌で感じる。
「紹介がまだでしたね。今回、初めて月ストの取材をされる色瀬杏樹さんです」
「は、初めまして。色瀬杏樹と申します。皆さんのご迷惑にならないよう、速やかに取材を終わらせたいと思いますので、ご協力お願いします!」
強張る空気はすぐに解け、笑い声に包まれた。
そんな調子で取材が務まるのかと笑う声。
それは杏樹をバカにしたものではなく、どちらかというと緊張を解そうと意識されたようなものに思えた。
さすがは、トップアイドル。
杏樹が感心していると、部長が彼女の前に立つ。
「初めまして。俺は部長の諏訪怜治です。個性的な部員たちだけれど、悪い奴らではないからこちらからもよろしくお願いします」
差し出された手を両手で握れば、笑い声が一層大きくなった。
「すみません。こんな緊張しすぎた記者なんて鬱陶しいだけですよね。できるだけ、スムーズに取材が終わるように努力します」
「いえ。真っ直ぐに向き合ってくださる姿勢はとても嬉しいです。あまり考えすぎずに、普段の色瀬さんで接してくれたなら、多分、俺たちも普段の俺たちで応えられるはずです」
高校三年生だというのに、とてもしっかりした青年だ。
杏樹が子どもに見えるくらいに。
「では、色瀬さんは怜治様と一緒に行動して頂きましょうか」
「うん。俺でよければ、案内も質問にも答えるよ」
「ありがとうございます」
杏樹は最初に施設を案内してもらった。
以前のインタビューから変わったところがあるかと聞きながら、手元の資料にも目を落とす。
「色瀬さんがこの仕事を始めたきっかけは何ですか?」
「え?」
「ああ、答えにくいのなら、流してくださって構わないですよ」
逆に質問されるパターンは想定していなかった。
しどろもどろになる杏樹を見て、怜治は柔らかな微笑を浮かべている。
これは絶好のシャッターチャンスではないだろうか。
素早くカメラを構えようとして、その手を掴まれた。
「えと、諏訪くん……?」
「色瀬さんは、高校時代何部に所属していたのですか?」
掴んだ理由は答えずに質問を重ねる。
「写真部兼新聞部だったんだけど、部自体が幽霊部みたいで活動なんてろくになくて……」
ほんの少し過去への旅行。
あの頃はあの頃で色々あったけれど、楽しかった。
過去に戻りたいという願望は持っていないが、一日くらい高校生をやってみたら新しい発見がありそうだ。
「見てみたいですね、その頃の色瀬さん」
「え? 何も面白いことが……じゃなくて、質問するのは私の方です。諏訪くんは答えてください」
「はいはい。では、何でも訊いてください」
二人は室内の競技場に立つ。
ここがスタート位置なのだと杏樹は足下を見回した。
ここから始まるのだ。
「……諏訪くんは、一番に走ったことあるんですか?」
「勿論、ありますよ」
「……ですよね」
怜治は目を細めて遠くを懐かしむように見つめた。
それは杏樹は高校時代を懐かしんだ様に少しだけ似ている気がした。
「色瀬さん、走ってみますか」
「ええ!?」
「取材時間は明日も取っていると聞いていますから、今日は実際に体験してみませんか?」
「もう何年も走ってないですけど」
「では、リハビリに」
笑う怜治からは、逃れられそうになかった。
ロマンス初級
title:凱旋
(2017/09/24)
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bkm