幽霊船は今日も空を飛んでいる。
雲の隙間を泳ぐように飛んでいる。
セント・エルモが示すままに求めるままに。
甲板で暫くぼんやりしていた杏樹は冷え切った自分に気づいた。
さすがにこんな場所に長時間いると体を冷やしてしまうらしい。
そんなことも忘れてしまうくらいにぼんやりしていた。
つい先日方舟の死霊と戦ったことが脳内を占めていたからだろう。
自分は役に立てているのだろうか、そんな意味のない問いかけがぐるぐると脳内を駆け回っていた。
ここにいて何が出来ているのか不安が日に日に大きくなっている。
出来ることを精一杯している『つもり』だった。
戦いの場でも交渉の場でも、リーダーの指示のままに動いてきたつもりだ。
そこに自我が無いわけではない。
無理なことは申し訳ないけれど断って、不安な時はサポートをお願いして、出来ることには全力で取り組んできた。
それでも不安は膨らんでいく。
自分の存在など無価値なのではないかと耳元で誰かが囁き続ける。
いつもなら簡単に撥ね退けられるのに、今はそれができない。
ため息一つこぼしてから、船内へ入った。
数分後、大きな雷鳴に耳を塞いだ。
稲光が瞼の奥に焼き付いている。
恐怖心がまったくないわけではない。
大きな音は怖いし、その眩しすぎる光も不安を煽る。
嵐の中を進む船は少しずつ速度と高度を落としているようだ。
無意識に足は彼の元へ向かっていた。
「ライカ……?」
彼の部屋は真っ暗だった。
誰もいない空気の中に溶け込んでいる。
構わないでくれと訴えている。
それを無視して足を踏み入れた。
「ライカ、隣に座ってもいい?」
返事はない。
拒絶の空気に気づかない振りをして隣に座った。
いつもは頼りになる大きな体が今は子どものように見える。
何を話せばいいのか今更迷ってしまう。
彼が雷を嫌う理由は知っている。
無理を言って聞き出した。
土足で踏み込んだことには、未だに後悔していた。
許されるまで懺悔を続けるつもりだ。
そんなことを本人に言ったりしない。
自己満足で許されたくはないから。
「あのね、私の独り言聞いてもらってもいいかな」
相変わらず返事はない。
彼の許可は必要とせず、杏樹は一人話し始めた。
それは面白くもない彼女の昔話。
そして、今抱いている大きすぎる不安。
話が終われば、喉が渇き切っていることに気づいた。
夢中になって話していたらしい。
言葉が途切れたら死ぬのではないかと思うほどの勢いで話していた。
「……杏樹は、そこにいるだけで、いい、と思う」
ライカはペットボトルを差し出しながら、そんなことを言った。
あなたの悲しみに触れるように
title:icy
(2017/09/10)
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bkm