「真琴?」
「何? どうしたの?」
生温いよりは温度の高い木陰のベンチに座って、早10分ほど。
並んで座っている二人は、とっくに缶ジュースを飲み干しており、ただ言葉もなく時間が過ぎ去っていくのを待っているような状態だ。
ちなみにどれだけ時間が経とうとも何もイベントは起きない。
「何か話をしてくれる?」
「何か……。何でもいいの?」
「うん。何でもいい」
「つまらない話でも?」
「私には面白い話かもね」
「じゃあ、とりあえず、話してみるよ」
無茶ぶりにも嫌な顔一つせずに彼は応えてくれる。
嬉しいというより悲しいという感情が先に生まれるのは何故だろう。
考えることは放棄して真琴の話に耳を傾けることにした。
杏樹の為に話してくれるのだから、こちらも全力で聴かないと、と自分に気合を入れ直す。
そんな彼女の様子に真琴はばれないよう笑みを浮かべる。
「じゃあ、杏樹が嫌がっていた将来の話でもしようかな」
「……嫌がらせ?」
「んー、それは違うよ。いつかは向き合わなきゃならないんだから、今でもいいよね?」
そんなことは子どもではないからわかっている。
それでも、目を逸らし続けていた。
背中を向けて逃げていた。
さようなら、の話が楽しいはずない。
杏樹と真琴の未来は分かれてしまっている。
それは、以前の会話で知ってしまっていた。
鈍器で頭を殴られるのはこういうことなんだとその時初めて知ったから、忘れようとしても忘れられない。
「進学先は別々だよ。合格するまでわからないけど」
「それは知ってるよ。杏樹から散々文句言われたから」
「悪かったわね」
「ううん。普段、あんな風に感情見せてくれないから、嬉しかったよ」
「……」
何を言っても駄目だと杏樹は口を閉じた。
何を言っても、彼は微笑み一つで躱してしまう。
こっちの気持ちなんてお構いなしだ。
目が熱い。じんわり、熱い。
「言いたいのは、そこの将来じゃなくて、もうちょっと先の話」
「大学卒業後のことってこと?」
「そう。杏樹はどういう風に考えてる?」
「うーん……。院まで進むつもりはないから、就職かな。専門職を考えてる訳じゃないから、普通にその辺の会社に入れてもらう予定」
「その頃まで、一緒にいてくれる予定は?」
さっきまであれほど考えていたことが、完全に抜け落ちてしまっていた。
遠距離恋愛は続くかと言われると、不安が生まれる。
絶対に大丈夫とは言えない。
「真琴はこっちに帰って来るの?」
「杏樹は来てくれないの?」
「なるほど……。卒業後、真琴に引き取られるって選択肢もあるんだ。続いていれば」
「引き取るって……。杏樹と一緒にいたい気持ちは簡単に消えたりしないから、遠距離だろうが忙しかろうが、君を手放す気はまったくないんだけどね」
にこりと微笑み、圧力をかけてきた。
若干空気が重たいのは何故だろう。
「約束しようか」
差し出された真琴の小指にどれだけの想いを込めていいのか悩んでいれば、見えない未来を引き寄せるように抱きしめられた。
暑い、という抗議は蝉の声で消えてしまった。
子どもじみた大切を抱く
title:凱旋
(2017/08/29)
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bkm