走れ、走れ、走れ。
鼓動に急かされ両手両足を動かす。
その先にある景色を掴むために。
悪夢の一歩先へ飛び出すために。
***
今日も雲一つない……は嘘だが、夏らしいいい天気だ。
青い空と白い雲。
そして、暑い微風。
走るには最適な天気だと自分一人でテンションを上げることも叶わない。
アスファルトは熱く、手を触れることすら辛い。
ゴールを見据えて走り出す。
幾つかのカーブを越えた先のゴール。
いつもよりタイムが遅い。
そんな気がした。
目の前に現れた幻影に背を向ける。
付き纏うなと吐き捨てる。
自分は彼ではないのだから。
「陸―!」
「おう、杏樹!」
「お待たせ……って、もしかして、もう走ってた?」
「あー、二回くらい?」
「一人で走っちゃ二人だけの秘密の特訓にならないでしょ!」
「悪い悪い」
謝る気なんて皆無な笑顔。
ストライドで彼のこんな顔を見られると思っていなかった杏樹は今とても嬉しかった。
たとえ心の傷が癒えず、少し強がって無理をしているとしても。
「じゃあ、タイム測るね」
「頼むよ」
陸はスタート位置についた。
走れ、この悪夢から逃れるために。
杏樹の合図と共に瞬発力で一気に前へと走り出す。
後半の失速に対する解決策はまだ見つかっていない。
納得のいくタイムはなかなか出せない。
杏樹に渡されたスポーツドリンクを飲みながら、空を仰いだ。
「この調子じゃ、藤原に文句言われるな」
「かもね。でも、私は好きかな」
「え?」
「あ、ごめんね。今のだと悪い意味に聞こえそうだったかも。えーと」
杏樹は自分の胸の中にある感情を表に出すための言葉を探した。
それが見つからなかったらしく、へらりと誤魔化す笑みを陸に向けた。
それが嫌味なものではなかったから、陸も杏樹を深く追及しない。
「もう一回走ろうかな」
「うん。ちゃんと休憩も摂ったし、大丈夫そうだね。あ、一つだけお願いがあるんだけど」
「お願い?」
「うん。今度、私も一緒に走らせて」
「え?」
「一緒に走りたい。陸からバトンを受け取りたい」
杏樹が口にしたお願いは陸の予想を超えていた。
聞き間違いかと聞き返せば、同じ言葉が返ってくる。
杏樹と走る。
考えたこともなかった。
昔から一緒にいたけれど、杏樹はいつも巴と陸が走るのを見ていただけだった。
大きな声で応援してくれているだけだった。
背中を押す風のような声が記憶の中から蘇ってくる。
「陸?」
隣に立つ彼女を想像できなかった。
いつだって遠くにいた。
陸が、ではなく、杏樹が。
「りーくー」
「な、いきなり、耳元で叫ぶなよ」
「だって、何度名前を呼んでも無反応だったから」
「杏樹のお願い、叶えてもいいけど、EOSで優勝してからな」
「うん。大丈夫。それまで、私も鍛えておくから」
方南が勝つと疑わない瞳。
それは陸が思うより、強く勝利を信じられた。
青空と夏と宣戦布告
title:凱旋
(2017/08/29)
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