「一緒に死んでください。其れが駄目ならば、私を殺してください」
午前10時過ぎ、武装探偵社を訪れた依頼人。
見目麗しい女性はそう云って、頭を深く下げた。
事務所内に居た人間は己の動作を止め、機械の様な動きで依頼人へと顔を向けた。
彼女を応対していた国木田は完全に固まっている。
沈黙が数秒、否、一分近くだろうか。
其れ位の時が過ぎた頃、国木田は女性の両肩を揺さ振り、大きな声を上げた。
「貴女は自分が何を云っているか理解しているのか!?」
「? はい。何か可笑しな事を云いましたか?」
其の女性は愛犬を探してくださいとでも云う様に同じ言葉を繰り返した。
「中々素敵な女性じゃないか。君がそんな風に取り乱す理由が理解できないよ」
相変わらずの遅刻出勤で現れた太宰はにこりと微笑んで、依頼人の傍に跪く。
「麗しいお嬢さん。私で宜しければ、貴女の御依頼お受け致しますよ?」
「本当ですか!?」
「はい」
「貴様は何を云っているのだ!」
国木田は太宰の襟元を掴み、激しく揺さぶっている。
恐らく依頼人の前だと云う事も忘れて、日頃の行いからの説教も始まった。
何時もの風景なのだが、依頼人の彼女が少し戸惑っている。
扶けに行こうか悩んでいる敦に太宰はウインクを飛ばした。
私に任せ給えと云っている様だが、任せられない。
「あの、何方でも構わないので、私の依頼を受けてくださるのなら、依頼料はいくらでもお支払い致します」
「……貴女は、何故――」
敦が彼女に近づいた時、太宰は遮る様に二人の間に入った。
何方を守ろうとしているのか、何方を牽制しているのか判断が難しい物だった。
「外へ行こうか。ええと……」
「杏樹です。色瀬杏樹、それが私の名前です」
「うむ。とても善い名前だ」
太宰は杏樹の手を取り、速やかに軽やかに其の場から去った。
まるで嵐の様だったと誰もがその後ろ姿を見送っていた。
「依頼を受けると云ったものの、一応理由を聞かせて貰っても善いかい? 其の内容に依っては、残念だけど断らなければ為らないかも知れないからね」
「勿論です。私は、生まれて来るべき人間では無かったからです。今更と云われたら其れまでなのですが、此れ以上此の世界に居座るのは、あまりにも図々しいかと思いまして」
「其の様な考えに至った理由は?」
「……綺麗な話では無いので、あまり話したくないのですが」
柔らかな拒絶を太宰は綺麗な微笑みで跳ね返して見せた。
話しても善いものかと杏樹は未だ迷っている。
神に懺悔する様な気持ちに為っている事にも気づいてしまった。
太宰は微笑を崩さない。
儀礼的護衛(エスコート)する様にさり気無く腰を抱いた。
「あの、太宰さん!」
「人は生まれ乍らに罪を背負っていると云う人も居る。浄罪する為に生きているとも云われる。貴女は如何考える?」
「……罵声を子守歌代わりに育ちました。……血に濡れ、人を傷つけ、他人の人生を奪い壊し、只其処に立っているだけで毒の様に周囲を腐らせ不幸にする」
「やけに抽象的だねえ」
「此れでも具体的な方ですよ?」
太宰は杏樹との距離を更に縮める。
小さな悲鳴が耳元で可憐に鳴った。
「取り敢えず、一回心中してみよう! 話は其れからさ」
「……死んだら、其れまでだと思うんですけれど」
「そう思うだろう? ところが、人はそう簡単に死ねないのさ」
太宰が案内したのは、彼も愛用する入水点(スポット)。
「出来れば、早く見つけて欲しいですよね。あまり酷い亡骸は晒したくないですから」
「約束しようか。若し、扶ってしまったら、私に付き合ってもらうよ?」
「構いませんよ。生きる事を赦されたなら」
杏樹は笑った。
儚く美しい笑顔だった。
太宰は笑った。
未来を見通すその瞳で。
二人は手を繋ぎ、川に飛び込んだ。
その足元で息絶えたなら
title:残香
(2017/08/15)
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bkm