詰まらない授業だ。
数学の公式が並ぶ黒板を眺め、瞬時に視線を逸らす。
窓の外はとてもいい天気だ。
外に出たいと体がうずうずしてきた。
思い切り走り回りたい自分は、きっと前世が犬だったに違いない。
可愛いわんこ(子犬)を想像し、頬が緩んだ。
「何にやけてるんだ、気持ち悪い」
目の前で突っ伏していたクラスメイトがいつの間にか振り返っている。
今の今まで眠っていたのではないだろうか。
「おい」
「……はい」
鋭い眼光に気持ち的に距離を取る。
怖いわけではない、多分。
金髪に鋭い瞳。
パッと見、不良で通るような彼は、クラスメイトの安倍晴齋。
真面目に授業を受けている姿はほとんど見ない。
いつも寝ているようなイメージがある。
「安倍、その……」
言葉が出て来ない。
と言うのも、あまり会話を交わしたことがない間柄だったからかもしれない。
過去を振り返って納得する。
親しく話をしたことなんてない。
挨拶も数えられるくらいかもしれない。
そう親しくない自分に話しかけてきたことに驚きを隠せない。
話がしたいなら、彼の目の前の席に座っている『彼』に話しかければいいものを。
数学教師に気づかれない小声の会話はまだ続く。
杏樹に勉強を教えているように接する彼を教師は咎めたりしない。
いっそ怒ってほしい。
それなら、鋭い彼の視線から逃れられるのに。
「色瀬」
「何?」
突然渡されたのは、赤い布で包まれたお守り。
疑問符がふわふわと浮かんだ。
交通安全?
家内安全?
学業成就……。
と色々考えたけれど、可笑しな思考を放り出すために頭を振った。
「これは?」
「何か不幸な顔してるから、それでも気休め程度にはなるだろ」
「失礼ね。私は不幸じゃないよ。どっちかと言えば、わりと幸せです」
はっきり断言できた。
不幸せだと思ったことはない。
運がなかったとか、災難だったな、とかその程度に思ったことはあったけれど。
終了の鐘が鳴ると、安倍はすぐにいなくなった。
手元に残されたお守りをどうしようか暫く悩んでから、鞄に放り込んだ。
***
昼休みに図書館へ行き、静かに読書を楽しんでいたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
時計の針はとっくに授業の開始を示している。
慌てて立ち上がったその時。
重い。
とにかく誰かが体が地面に押し込もうとしているかのように、重い。
「な、に。こ、れ……」
ずしんと乗せられた空気の塊に膝をつかされる。
呼吸すらも苦しい。
何が起きているのか理解できないし、これは夢なのかと思わずにはいられない。
その間にも、身体は床に押しつけられている。
苦しみにもがいていた杏樹の耳に扉が開く音が聞こえた。
「大丈夫か?」
「安倍……? 今のは?」
「……」
無言を返され、杏樹は不安を拭いきれない。
自分の体に自由が戻ったというのに。
「お守りはどうした?」
「鞄の中」
深い溜め息を返された。
「身につけておかないと意味がないだろ」
「今の何か教えてよ」
「不幸の塊。色瀬の不幸顔が呼び寄せたんだよ」
「何よそれ」
結局詳しい話は聞けないまま、二人は並んで図書室を出る。
授業中の校舎はとても静かだ。
「ほら」
差し出されたのは、青いお守り袋。
「何?」
「袋の中に魔法の紙が入っているから、いざという時に読め」
「何よそれ」
袋の中身を知るのは、まだ少し先の話。
誰かが描いた地図をたどる
title:OTOGIUNION
(2017/08/09)
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bkm