魔物の心臓部へと突き刺さった矢は炎を纏い、そのまま彼らの息の根をいとも簡単に止めた。
次の矢は氷を生み出す。
次々と矢を放てば、体力も武器もなくなる。
最後の一本を手にすることなく終わったことに安堵した。
油断はできないから、構えた武器をそのままに足を進める。
鉄臭いにおいが体に纏わりつく。
それでいいのだと自分に言い聞かせる。
自分はこの血を浴びなければならないのだ。
浴び続けなければならないのだ。
血液が空気に溶ける中、アンジェは足を進める。
今まで自分の縄張りを守るために狂暴化していたりしたが、どうやら最近の理由は違うらしい。
魔導器の暴走というわけでも、エアルの異常というわけでも無さそうだ。
専門家ではないから、わからないけれど、(金銭的理由故)こんなことで魔導士様を呼ぶわけにもいかない。
もう少し事態が悪化したら考えようとアンジェは息を吐き出した。
この臭いは新たな魔物を呼ぶかもしれない。
ここから体力を消費するのは避けたいが、仕方ない。
先程の焼き焦がした魔物の死体の傍で炎の魔術を詠唱する。
小指に装備した武醒魔導器がきらりと光った。
最小限で済むように意識して血の臭いを炎で焼き消す。
一息ついた時、人の気配に気づいた。
いつもなら、もっと早く気づけるのにと自分の失態に唇を噛んで振り返った。
「君は……?」
「貴方こそ……あ、帝国騎士?」
小隊の騎士服を見ればすぐにそう判断できた。
こんな田舎まで来る騎士だなんて物好きか、よっぽど上層部に嫌われているかの二択だ。
彼の雰囲気から考えると両者と言わざるをえないかもしれない。
「先に名乗らせてもらおうかな。僕の名前はフレン・シーフォ。ご察しの通り帝国騎士だ。君の名前を聞いても?」
「……アンジェ・セレナーデ。近くの村で自給自足しているただの人間よ」
「変わった自己紹介をするんだね」
「そう? ……ごめんなさい、あまり外の人と話をする機会がないから」
アンジェが住む村に結界魔導器なんてものはない。
皆、互いに身を守るための術を独自に身につけてきた。
力で勝負する者、知識でカバーする者、そしてごく稀に魔術の才能を持つ者がいた。
「アンジェ、君はここで何を……」
「私は、ここを守りたいから、いるだけ。深い意味なんてないの」
「守りたい場所、か。僕にもそんな場所があるから、少しは気持ちに寄り添えているつもりだよ」
「そう。そんな貴方は何をしに来たの?」
言葉の棘は自覚している。
この世界『テルカ・リュミレース』では、帝国にいい思いを抱いていない人間は排他的になる。
フレンはそれを知っているのだろう。
嫌な顔を見せずにこの地を訪れた理由を口にした。
どうやら、世界中で何かが起こっているらしいと曖昧な言葉もくれた。
「隊長、ここにおられましたか! この森の……」
報告に来たであろう彼の副官だと想像できる女性はアンジェの姿を見つけると、姿勢を正し一礼した。
珍しい騎士の集まりかもしれない。
「報告は向こうで聴こう」
「ここでいいわよ。彼女の様子を見る限り、私は無関係でなさそうだし」
彼女の焦った様子はアンジェの心を黒く燃やす。
偵察に来ていた騎士団が報告を急いている。
導かれる最悪の解答をアンジェは大人しく待った。
「この近くの村が魔物の襲撃を受け、壊滅状態です。異常に気づいた騎士たちが魔物の討伐に向かいましたが、住民は酷い怪我やその……」
「アンジェ?」
言葉を濁したところで同じだろう。
同胞たちは殺されたに違いない。
守ってきた世界なんていとも簡単に壊される。
その光景を見るのは、初めてではない。
だからと言って、平気な訳でもない。
「ちょっと、行きたい場所があるだけ。私のことは気にしないで、二人は隊に戻った方がいいかもしれない」
「今一人になるのは危険だ」
「大丈夫。ここは、私の庭だから。お願い、一人にさせて」
森の奥へと歩んで行くアンジェを二人はただ見送った。
「ここで人が生きるのは難しかったのかもしれない。一緒にいたかったけれど、それは仕方のないことだったのね」
体力が尽きそうな体で、魔術の詠唱を始める。
その頭に浮かぶのは、失った仲間たちではなく、先程出会った騎士の姿。
(彼ならば、帝国騎士の在り方を変えてくれるかもしれない)
発動した魔術は凍える程の冷たい光で森を深く覆い尽くした。
閉じ込めた森の何処かで
title:icy
(2017/08/09)
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