意味のない干渉、やがて眩暈の朝がくる


『貴方の力を貸して頂けますか?』

そう連絡をもらったのは、一週間ほど前のことだった。

今まで連絡を絶っていた彼からの手紙に驚かずにはいられなかった。

簡単に切り捨てて行ったくせにとほんの少しの悪態の後で、クローゼットを覗き込む自分は、彼から離れられないらしい。

彼の中のイメージを壊してやろうとやや挑戦的な服を取り、それから行き先を考えて諦めた。

結局落ち着いた紺をメインに置いた。

彼が手配した馬車に乗り目指すは、王宮。



***



その建物の前で思わず息を止めてしまった。

存在感と威圧感が半端では無い。

心臓が壊れてしまいそうな速度で動き出す。

胃が痙攣して中身を吐き出してしまいそうだ。

手足が震え、身体が自分の意識から離れてしまっていると感じずにはいられない。


「ご用件は?」


話が通っていないようで、門の傍らに立つ騎士がそう声を掛けて来た。

震えを抑えてアンジェは真っ直ぐに立った。


「私はアンジェ・セレナーデと申します。こちらで王室教師をしていらっしゃる、ハイネ・ヴィトゲンシュタイン氏に――」

「アンジェさん、予定より早かったのですね」


話の途中でぶった切られた。

絶対わかっていてこのタイミングで話しかけたに違いないと隠した舌打ち一つ。


「お久しぶり、ハイネくん」

「……」

「よし、勝った!」

「相変わらずよくわからないことで勝敗を決めるのですね。まあ、どうでもいいですが」

「どうでもいいなら、貴方が持っている勝ち星すべて渡しなさい!」

「お断りします」


二人のやりとりを見た者は、その関係性が気になったに違いない。

アンジェの緊張をほぐすための『いつも通り』だと彼女が気づいたのは、数分後の出来事で、またしても敗北を味わってしまった。


「どうぞ、アンジェさん」


ちょいちょいと手招きされ、大きな部屋に通された。

眩しすぎる装飾品の数々。

それらの輝きを消してしまうオーラを持つこの国の王子様方。

こんなに近くで目にするのは、勿論初めてだ。

跪き頭を下げる。


「お初にお目にかかります。私はアンジェ・セレナーデと申します。数日間ですが、よろしくお願い致します」


下げた頭を上げるタイミングが見つからない。

このままずっとこの体勢かと思っていたアンジェの腕をハイネが引っ張った。

と同時に質問が飛び出す。


「アンジェはハイネとどういう関係なんだ?」

「昔の知り合いとお伺いしましたが、その辺りのことをお聞きしても?」

「可愛いよね、アンジェちゃん。今度一緒に出かけたりする?」

「アンジェの髪、ふわふわ」


飛び出した質問と共に彼女は包囲されてしまっていた。


「えと、あの、その……」

「皆さん、アンジェさんが怯えるので近付き過ぎないようにお願いしますね」

「ちょっとハイネくん。私は怯えてなんか」

「失礼しました。萎縮、ですね」


最後に会った時と変わらない言い方にむっとするが、王子たちの前だと口を噤む。


「で、ハイネとアンジェの関係は?」


律儀に挙手して質問するのは、第四王子のレオンハルトだ。

関係など尋ねられても困る。

アンジェは数秒思考して答えた。


「昔馴染みというだけで、面白いお話を提供できそうにありません」

「昔馴染み!? ということは、以前の師匠をご存知ということですね!」


食い気味に身を乗り出して来たのは、第三王子のブルーノだった。


「此方に来られる前のハイネくん、ということでしたら、多少……」


本当は多少どころではないが、ここで古傷を暴露する必要などないだろう。

ハイネの色々を話すということは、アンジェの黒歴史を披露することになってしまうのだから。


「ふーん。俺はセンセーの昔より、君の過去の方が気になるけどね」


様になるウインクを一つ飛ばしたのは、第五王子のリヒト。

そんな彼の傍で特に口を挟むでも無くそわそわしているのが、第二王子のカイ。


「皆さん、お静かに!」


両手を叩き自身に注目を集めたハイネが話し始めた。


「アンジェさんは一見役立たずなおバカに見えますが、これでもこの国の歴史については私も尊敬する部分があります」

「ちょっと一回突っ込んでも良い?」

「アンジェさんは黙っていてください」

「酷い」

「王国の政治的側面の歴史は勿論、彼女は国民に寄り添った形で歴史を読み解いています」


アンジェは国民たちの生活に寄り添った形で歴史を歩んでいた。

流行っていた食べ物や娯楽、産業や自然の移り変わり、抱いていた理想や不満。

犯罪やそこから生まれた法律、そして国王へ抱く思い。

文献を手に取るだけでなく、実際に人々の話に耳を傾けるため各地を飛び回っていた。

この国を作るすべてを知りたいとでも言うように。


「アンジェさんの話は、あなた方が国王を目指す上で有意義な時間を過ごせると思いますよ」

「ハイネくん、一個いい?」

「何ですか?」

「いい加減、これ、やめない?」

「確かに。気持ち悪いですね」

「何の話だ?」


兄弟を代表して、レオンハルトが二人に尋ねる。


「いえ、大したことではないのですが、アンジェのことを『アンジェさん』などと呼んだことがないので、違和感がすごいといいますか……」

「王子様方の前で失礼のないようにと考えたのですが、ハイネに『くん』付けとか無理でした。すみません」


読めない王室教師とその友人(昔馴染み)である二人の関係に四人が興味を持ったのは、言うまでもない。

賑やかな数日間が幕を開けた。



意味のない干渉、やがて眩暈の朝がくる



title:残香



(2017/07/16)


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