世界は優しくなんかない。
優しい世界なら、こんなに短い制限時間を設けたりしないだろうから。
それとも、彼女と出会わせてくれたことがせめてもの優しさの形なのだろうか。
火澄は自嘲し、何も掴めやしない自分の手のひらを見詰めた。
己の命すらままならない酷い運命。
このままじっと待つしか道はないのだろうか。
あれだけ運命に抗おうとしていた火澄だったが、目の前に次々と息つく間もなく現れる答えに絶望するしかなかった。
運命は決まっている。
『悪魔』は『神』に殺されるのだ。
***
本日晴天。
きらきら眩しい陽射しに背を押され、ほんの少し気分が跳ね上がる。
楽しい、というのはこういう気持ちなのだ。
長い間忘れていたような気がすると自嘲した。
落ち込む暇なんて今日はない。
目一杯楽しむと決めたのだから。
火澄はいつものように人好きな笑みを浮かべ、足を進めた。
約束の時間まで余裕がある。
けれど足早に進んでしまうのは、少しでも早く彼女に会いたいからだ。
「火澄!」
「杏樹ちゃん。良かったわ。待たせたら悪いなあって思っててん」
「火澄を待つのなんて苦じゃないから、慌てなくてもいいんだよ?」
「杏樹ちゃんと一緒に過ごす時間を無駄にするなんて勿体ない生き方出来へんやろ、普通」
あまりに大げさな言い方だったから、杏樹は笑った。
たとえ嘘でもそんな風に言ってくれる人がいること、それがとても嬉しかった。
からかわれ虐げられ、虐められていた過去を思えば幸せ過ぎる。
「ありがとう、火澄」
「ん? 今、どっかにお礼言われるようなポイントあった?」
「うん。火澄が私の為に言葉をくれることが、すっごく嬉しいから」
「それは俺の台詞ちゃうかなあ。杏樹ちゃんと出会えたことはかなり大っきいし、笑いかけてくれることもめっちゃ好きやもん」
人通りが少なくない場所でお互いを褒め合う高校生の姿。
目立っていることだけは確かだ。
しばらくしてそのことに気づいた二人は笑い、逃げ出す様に場所を変えた。
ようやく落ち着いて来た二人は歩調を緩めた。
手をつなぐ。
ただそれだけのことなのに、不安は和らぎ、次の瞬間には別れの恐怖を感じ取る。
安息の地は無い。
最期はいつ訪れるかわからない。
火澄の最期を拒否する『神様』次第かと何度目かの自嘲をした。
「ねえ、火澄」
「ん?」
「一人で泣かないでね。泣きたくなったら、役立たずな私を呼んで」
「役立たずて……。杏樹ちゃんはそんなこと言うたらアカンで? 傍におってくれるんやろ? そやったら、自信持っといて。弱虫で臆病な俺を支えるために」
「火澄が弱虫だったら、世の中弱虫な臆病者で構成されてるよ?」
二人は笑った。
今は笑っていたかった。
笑っていれば、世界が変わるような気がしたから。
縋っていたかっただけだ。
「杏樹ちゃん、一個聞いてもええ?」
「いくつでも聞いて。けど、勉強的なことは自信ないので、避けてくれると幸いです」
「そんなん聞かへんよ。もっと簡単なことやから安心して」
さあどうぞと杏樹は火澄を促す。
彼女は『いつ』まで傍にいてくれるのだろう。
その不安をほんの少しだけ表に出してみた。
僕達が迷子だったころ
title:凱旋
(2017/07/16)
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bkm