気付かないふりをすれば、それは片思いでしかない


傍に居たいと、この手で護りたいと、自分の未来を決めたのはいつの日だっただろうか。

確かな記憶は残っていないが、十になるかならないかだったように思う。

親に語った夢は笑い飛ばされるほどに遠い理想。

それでも、その夢を道標に今まで走ってきた。

必死に食らいついて来た。

だから、たどり着けたんだ、望んでいたこの場所に。


「ディオ?」


凛とした声が彼を呼ぶ。

背筋を伸ばし、彼女の前に跪く。


「すみません。少し、考え事をしていました」

「ディオは少し、固くないか?」

「普通、だと思いますが、アリーシャ様のご希望があれば、添えるように努力致します」


ディオがそう言えば、彼女は肩を落とすように嘆息した。

解答を間違えたのだと瞬時に理解したが、フォローの仕方が浮かばない。

頭が真っ白になってしまった。

人生はここで終わりです、と崖に立たされたような気分だ。

心臓が激しく鳴き回り、喉を圧迫して来る。

呼吸もままならない。


「ディオ」

「はい」

「とりあえず、立ってくれ」

「はい」


立ち上がれば向かい合い、彼女を見下ろす形になる。

綺麗な顔立ちをしているお姫様だ。

物語に登場する姫君とは違い、世間知らずとは程遠く、世界の闇もいくつも見て来た方だ。


「今、私とディオは同じ騎士という立場だ。必要以上に自分を下に置くことはない」

「そう言われましても……難しいところがありますよ?」


憧れ続けていた場所に今立っている。

彼女と同じ場所で民を守る騎士として、立っている。

これがディオにとってどれほどの意味を持つことか、彼女には伝わらないだろうか。

伝える必要などないかと、口元に笑みを浮かべる。

これは、ディオの自己満足なのだから。


「本当に好きなんだな」

「ディオ?」

「あ、いや、その……何でもないです。お気になさらないでください」

「そう言われると、普通は気になるものだが?」


ちょっとだけ意地悪く、ディオはそっぽ向いて見せた。

そんな態度をとられたら、アリーシャはますます気になったのだろう。

食い下がってきた。

ディオが騎士になるまで知らなかったアリーシャの一面だった。


「アリーシャ様のことをとても気に入っているという話ですよ」

「ディオも私のことが、好き?」

「も?」


他の誰かに好意を抱かれているのだろうか。

民に好かれるべきお姫様としては正しい姿だろうが、ちょっとだけ妬いてしまう。


「知らない知らない知らない!」


取り乱したようにアリーシャは叫んだ普段の彼女からは想像できない姿にディオは狼狽えてしまう。

触れることを一瞬だけ躊躇い、彼女の肩に手を置いた。

「アリーシャ様、どうされましたか?」


いつも通りを装い、出来るだけ穏やかな口調で尋ねる。

心臓は爆音を奏でていたけれど。

俯く彼女と目を合わせるように覗き込むと、若干赤い頬が目に入った。

いつもの凛とした彼女も好きだけれど、年相応の少女らしい彼女も好きだな……とそこまで無意識に思い、頬に熱が集まって行くのを無視できなかった。


「ディオ、悪いが離してくれないか?」

「も、申し訳ないです! すみません!」


二人そろって真後ろを向く。

戦場でもない場所で背中合わせ。

こんなこと、少し前までは考えられなかった。


「やっぱり、好きだな」


ディオの呟きは誰にも拾われなかった。



気付かないふりをすれば、それは片思いでしかない



title:残香



(2017/06/06)


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