耳の奥が、脳の中心部が痛い。
がんがんと鈍器のようなもので殴られている。
頸動脈を強く押さえつけられている。
呼吸が上手く出来なくて、生まれたての赤ん坊のようだった。
目の前を真っ黒に塗り潰され、それがお前の見るべき世界だというように赤黒く染まって行った。
「……」
彼の名前を呼ぼうとした。
それなのに、声は出なかった。
涙の膜が視界を揺さぶるが、泣いて何が変わるんだと自分を叱った。
現実から目を逸らしてはならない。
今できる唯一のことがそれなのだから。
現実を見詰め、自分たちがしたことの大きさを知り、失われた多くの命に追悼する。
それくらいしか出来ないのかもしれない。
アンジェはルークに救われた。
生きることは地獄を歩むことと同じだったアンジェを死の淵から引き上げてくれたのが、ルークだった。
彼が喜ぶならば、彼がそう望むならば……。
それだけの思いで生きてきた。
その結果がこれだ。
アクゼリュスと共に散った命はどれほどだったのだろう。
人の命は単純なものではない。
数えて済むものではない。
羽よりも軽い存在ではない。
そんな当たり前のこと解りきっていたはずなのに。
「……ルーク」
「何だよ。アンジェまで説教か? いい機会だもんな。好きなだけ言っとけよ」
彼の心が泣き喚いている。
必死で強がって見せても、それは薄い仮面。
「ルーク」
もう一度名前を呼んで、アンジェは彼の手を包み込むように握った。
そして、祈るように額に持っていく。
「……私たちは共犯者だよ。同じ罪を背負う仲間。だから、一緒に」
「何勝手なこと言ってんだよ。俺は!」
声が掠れていた。
強がり、叫んだところで、彼の心は泣いていた。
暗闇に落とされた迷子のように、泣き喚いていた。
それはルークだけではない。
アンジェも一緒だ。
仲間たちの正しい指摘に心が折れた。
言葉が喉の奥に引っかかり何も言えなかった。
だから、今ここで彼にアンジェの思いを伝えたい。
理解してほしいとは言わないから、知っておいてほしかった。
「私は、この罪を抱いて死ぬまで償う。どんな罵声にも耐えていく。少しでも世界に返していきたい。だから、だからね、ルーク。一緒に歩いて行こう?」
返事は無い。
わかっていたことだけれど、少し寂しい。
アンジェが言いたいことは言った。
今は仲間たちの元へ足を進めなければならない。
「アンジェ」
「……何?」
ルークは何も言わなかった。
アンジェも先を急かしたりしない。
数秒とも数分とも判断できない時間が歩み去って行く。
「待ってるよ、ルーク」
――先に歩いて行くから、どうか貴方もその歩みを止めないで。
――この先に待つのがどんな残酷な未来でも、進んでいくから。
僕らは壊してしまったものを治そうと必死で
title:icy
(2017/05/05)
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