窓際のポトスが枯れた日


目映い陽射しに刺激されて瞼を押し上げる。

腕で光を遮っていても眩しかった。

本日晴天、絶好のサボり日和だ。

屋上で寝転がっている杏樹がまさにそれを実行している。

ごろりと寝返り数回。

コンクリートは痛いけれど、マットレスを持ち込むのも面倒だから仕方ない。

顔を影に滑り込ませ、瞳を閉じた。

ふわふわと訪れる柔らかな睡魔に身を任せる。

このまま眠ってしまおう。

なんと言っても、今日は絶好のサボり日和なのだから。

意識の端っこをきゅっと掴まれたそんな時だった。

バタンと大きな音をたてて扉が叩き開けられた。

幸せな睡眠への道を断たれ、杏樹の眉間に皺が寄った。

相手によっては、武力行使も――。

怒りに任せた視線が捉えたのは、一人の少年だった。

百夜優一郎、そこそこ親しいと言えなくもない間柄の少年だ。

怒りをぶつけるような真似をする必要が無いので(確実に虐めのようになってしまうため)、杏樹は起き上がった。

わざと気づかせるように動けば、優一郎は気まずそうに顔を背けた。

たったそれだけのことで、何となく察してしまう。


「……優? 泣いてるの?」

「泣くか、馬鹿!」

「泣いてるように見えるよ。嘘はもっと上手く吐かないとグレン殿の玩具から逃れられないよ?」

「だーれーがー、グレンのおもちゃだ!」


そういうところだと言いたいところだったが、そこはぐっと我慢した。

杏樹も伊達に時を重ねてきているわけではない。

今にも壊れそうなこの世界を生きているわけではない。


「優、こっちにおいで」


手招き程度で従うとは思えないけれど、彼の意思を尊重してみた。

迷うように数回視線を動かしてから、彼女に歩み寄った。

立ち上がった杏樹は同じ位の背丈の優一郎をそっと抱く。

母親のように、というイメージだったのだが、何だか上手く行っていない。

杏樹が優一郎に縋っているように見える。

若干不本意だから、力を入れて抱きしめてやった。


「何するんだよ。痛えよ」

「痛いだけ? ドキドキしない?」

「い、今更、お前にドキドキしたりとか」

「動揺隠せていない時点でアウト。まあ、そういうところが可愛くて好きなんだけどね」

「好きとか軽々しく口にするんじゃねえよ。馬鹿だろ」

「馬鹿はどっちだか」


これだけ言えたなら、涙も引っ込んだだろうと杏樹は彼を解放した。

一瞬寂しそうな顔をしたことを見逃したりしないけれど、口にはしない。

それが優しさだ。


「優、生きていてね」

「何、言ってるんだ? 当たり前だろ。吸血鬼を――」

「違う。グレン殿に遊ばれて殺されないでねって意味」

「殴るぞ」

「私に勝てるならどうぞ。これでも、シノアちゃんより強いよ〜?」


持ち上げた拳を優一郎は力なく落とした。


「若いうちは悩むのも仕事だからね。身体と心、一緒に成長させて行くんだよ?」

「おばさんかよ」

「優に比べたらね。でも、その発言は地雷だよ?」


鬼呪装備は大人げなかったかと後で思った。



窓際のポトスが枯れた日



title:残香



(2017/05/03)


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