そうして生まれるささくれを


乱射した銃声が耳の奥に響いている。

其れを呑み込むかの様に心音が大きく激しく鳴り響く。

辺りに充満した鉄臭い血の臭いが我が物顔で肺に流れ込んで来る。

吐き気に襲われ、口を塞いで膝を折った。


「立て」


轟音に覆われていた聴覚に澄んだ声が届いた。

顔を上げる。

不機嫌を露わにした上司が其処に居た。

養父とでも呼べるが、そんな言葉を彼が望む筈も無い。

噎せ返りながら、立ち上がった。


「はい」


掠れた声に眉を顰め、其れから溜め息を吐いた。

其の侭彼はお気に入りの帽子に手をやった。

ぐしゃりと潰すように握る。

其の仕草の意味を汲み取れない杏樹では無い。


「何が、不満、ですか」


脳内にも醜い血液が流れ込んで来ている様な気がして、言葉が上手く紡げない。

赤黒く染められていく内面。

光を掴めない深い井戸の奥底へと突き落とされている様な錯覚。

脳内が酷く掻き乱されている。

吐き気を抑えるだけで精一杯だ。

胃が捩れて、其の侭重力に潰されてしまいそうだ。


「杏樹。本気を出せ」

「私は何時でも命の限り――」

「下手な嘘は胸糞が悪い。はっきり云え。何が不満で適当に遣り過ごしてやがる」

「不満なんて」

「無いとは云わせ無いぜ。然う簡単に俺を欺けるとでも思ったか? 愚かだな」

「……」


黙る以外の選択肢を持ち合わせてはいなかった。

適当にしている訳では無いが、手を抜いている事は否定出来なかった。

他人の命を奪う事に命を賭けて何になるのだろうかとは疑問に思う。

自分が生きる場所をもぎ取る為ではあるのだが、納得出来ていない自分が確かに存在した。

自分は何がしたくて此処に居るのかと何度自問自答しただろう。

鳥籠だなんて思いやしない。

けれど、鎖は確かに絡みついていた。

其れ以上先には行かせてくれない。

否、行く勇気が無い。


「中原さん」

「ああ?」

「私が此処で……全力で生きる意味、在りますか?」

「んなモン手前で考えろ。其の頭は飾りか? 作り物か?」

「客観的な意見が欲しかっただけです。失礼しました」


丁寧にお辞儀一つしてから、杏樹は中也に背を向けた。

一歩歩き出そうとしたら、首根っこを掴まれた。

無言が口から零れ落ちた。


「……何ですか? 阿呆な私にも判る様に説明お願いします」

「大体判ったから、付き合え」

「私は何も判らないのですが?」

「善いから、付き合え」

「選択肢も拒否権も在りませんものね。判りました。上司様の仰せの侭に」


杏樹は其の侭中也の車に放り込まれた。

連れて来られたのは、比較的静かな酒場だった。


「早く座れ」

「あ、はい」


中也が勝手に注文した酒が運ばれて来た。

綺麗な色で思わず目を奪われてしまった。


「云いたい事は今全部ぶちまけろ」

「はい?」

「不満を身体に溜めるのは毒らしいからな。体内から食い破られる前に話せ」

「えと……あまり意味が判らないんですけれど。云いたい事は先刻口にしましたが」

「全部だ。全部。何でも聞いてやるから、云え」


そう云い、中也はグラスの中身を一気に煽った。


「全部……」


杏樹はグラスの淵を指先で――先程他人の命を平然と奪ってきた指先でなぞった。


「中原さん」

「あー……?」


もう出来上がりつつある。

本当にお酒に弱い上司だ。

そんな彼が気紛れでも杏樹を誘ってくれた事は嬉しかったし、有難かった。


「……貴方が、私の理由であってください」



そうして生まれるささくれを



title:残香



(2017/04/29)
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