待ち焦がれた傷


春だと確かに宣言出来る様な気候が漸く姿を見せ始めた卯月のと或る日。

杏樹は一人で街中を歩いていた。

寒すぎず、暑すぎないこの気候に合う服を求めて彷徨っていた。

可愛らしい洋服は如何も似合わない気がして、彼女の顔は強張った侭だ。

桜色のツーピース。

若葉色の――。


「やあ、杏樹じゃないか」

「太宰さん……。また抜け出して来たんですか? 確かに、入水向きな善い天気ですものね」

「杏樹、そんな冷たい瞳で云うのは、止めてくれ給え。私は此れでも立派に調査中なんだ」


何と嘘くさい科白なのだろう。

大根役者の方が未だマシだと思えてしまう。

何方も不愉快には変わり無いが。


「其れで、どの様な調査を?」

「守秘義務と云う物をご存知かな?」

「……本当に仕事してるんですか。済みません。嘘かと思っていました」

「杏樹は私を如何見ているんだい?」

「割と正しく見ている自覚はあります」


やれやれと太宰は頭を振った。

杏樹は間違いなく普段の太宰を見ている。

国木田と云う眼鏡を通してだが。

杏樹は彼と所謂『幼馴染』と云う関係だった。


「杏樹は国木田君の事が大好きだよねえ」

「大好きは否定したい処だけど、好きには間違い無いと思います。此処まで続いた腐れ縁なのですから」

「羨ましく思うよ。君達二人の関係を」


茶化す様な調子では無く、羨望が含まれていた様に思えて、杏樹は動きを止めた。

呼吸も止めて終ったかの様に息が出来ない。

太宰は今、杏樹と国木田の関係を本気で羨ましがっているのだろうか。


「太宰さんには、幼馴染が居ないのですか?」

「……居ないよ」

「物凄く眩しい笑顔で誤魔化された様な気が」

「似た様な存在は在るけれど、君が想像する様な物とは180度異なる存在さ」


ふわふわふわ、もくもくもく、と想像の白い空間を生み出してみた。

180度異なるとは如何云う人なのだろう。

杏樹は自分の想像図に一旦×印を付けた。

其処から改めて考える。

結構年上なお姉さん?

それとも、同属嫌悪な男性?

少女漫画でよく見る男女三人の三角関係で彼が振られてしまった立場なのだろうか。

其れならば、聞いては悪いに決まっている。

過去の恋愛の傷を抉られて楽しむ人間では無い……だろう……多分。


「杏樹、思考が駄々漏れだよ。しかも愉しくない物。どうせなら、もう少しドラマティックな物にしようじゃないか」

「ドラマティック? 喩えばどの様な……?」

「そうだねえ……。赤子の頃に共に育った二人が十年二十年の時を経て再会、とか?」

「太宰さんは然う云うお話が好きなのですか?」

「否、全く」


暫く沈黙が続いた後で、杏樹は吹き出した。

彼が喩えとして挙げた内容にも其れを想像した内容にも、取り敢えず其れしか反応が浮かば無かった。


「ほら、君はそんな顔が出来るんだ」

「え?」

「随分難しい事を考えていた様だけれど、杏樹はそんな風に笑っている方が魅力的だよ。凄く綺麗な笑顔だ」

「真顔でそんな恥ずかしい事を云わないでください」

「冗談で云える内容では無いからね。そうだ。国木田君に気づかれる前に君を口説き落としておこうか」

「え? え?」

「こんなに魅力的な女性を前に素通りはできないよ?」


太宰の真意が読めない。

元々内面が見えない人物だからこそ、余計に。


「さあ、一緒に出かけようじゃないか!」

「仕事は如何するんですか!?」

「そんなものは、『彼』に任せて終えば善い。君の大切な幼馴染君にね」


親に内緒で出掛ける様に胸が高鳴る。

『彼』の怒鳴り声が耳に届いたけれど、杏樹は太宰の手を取った。



待ち焦がれた傷



title:凱旋



(2017/04/07)


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