アリーシャ




小さな溜め息を零した彼女に新しい紅茶を差し出す。

疲れているようだから、甘いお菓子を添えて。


「ありがとう。そう悩んでいた訳では無いのだ」

「私に言い訳をする必要がありますか? 口の堅さにも剣の腕にも自信がありますよ?」


彼女は小さな笑い声をもらし、それから感謝の言葉を口にした。

今現在辛い立場に立たされているアリーシャの力になれることなんて、たかが知れている。

それでも、力になりたいという思いは本物だった。

彼女のためならば、何だってしてみせるという覚悟だって。


「おいしい……。本当に心が落ち着く」

「光栄です、アリーシャ殿下」

「相変わらず、解り易い距離を置くのだな、君は」

「幼馴染、という間柄で仲良しこよしできる年でもありませんからね」

「残念だな。君といる時ぐらい、普通の女の子でありたかったが」

「貴女が私の傍で仮面を取ってくださったことなどありますか?」


少し意地悪な言い方をしてしまったと後悔しても遅い。

アリーシャは大きな瞳を見開き、それから笑い出した。

面白そうに、声を上げて。


「殿下、一体何ですか。失礼です」

「すまない。いや、君らしいと思って、嬉しかっただけなんだ」

「どこに喜ぶ要素があるんですか。殿下はお疲れ故に少し思考回路が鈍っておいでですよ」


アリーシャの笑い声がさらに大きくなる。

こんなに楽しそうな彼女を目にしたのは、いつぶりだろう。

笑いの素は少々不服だが、これで彼女が癒されるのならば何の問題も無い。

ついでに『あいつ』が滅びれば……と物騒なことを考えていたことに気づき慌てて頭を振った。

彼女はそんな単純なことを望んではいない。


「さあ、早く召し上がってください」


アリーシャの口元にフィナンシェを運ぶ。

やや強引なそれは、恋人達がすると噂の『あーん』というヤツに似ている気がした。

それを自覚したのは、彼女が一口齧った後だ。


「うん、美味しい。これは君が作ったんだろう? 味でわかるよ。ん? どうかしたのか?」

「いや、その、うん。何も、ない、です」

「そこまで狼狽えられると困るのだが。毒でも入っていたのか?」

「まさか! 入っていたとしたら、愛情です! ……あ」


自分は何をしているんだと、彼はその場で頭を抱えた。

今日の自分はおかしいと思わずにはいられない。

ここは大人しく退室に限る。


「では、アリーシャ殿下、失礼します。ゆっくりお茶のお時間をお過ごしください」

「そう急がずともいいだろう? 話し相手になってくれないか?」


逃げ道を断たれた彼の時間は続く。



2017/04/30



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