違いますやめて下さいこれは自分へのご褒美です




頬が緩むのを止められない。

この甘ったるい空気も世の中のバカップル共も優しい眼差しで祝福できる。

それくらいに彼は機嫌が良かった。

というのも、エステルが自分のためにチョコレートを用意してくれているらしいという噂を耳にしたからだ。

これを喜ばずに何を幸せと呼ぶ。

エステルに会うのが楽しみ過ぎてツラい。

早く会いたいと思うのだが、すぐに会ってしまうのが何だか勿体ないような気がする。

暫し悩む。それは数秒だったか、数分だったか。

結局のところ、彼はエステルに会うために部屋を出た。

愛しい彼女の姿を探して歩く。

足音と鼓動が重なる。

その音を聞きながら、前を見据えた時だった。


「エステル!」

「ひゃあ!」


可愛らしい悲鳴だと必死で笑いを堪える。


「笑わないでください!」


真っ赤な顔で愛らしい抗議一つ。

どうやら、上手く笑いを堪えられなかったらしい。

どれほど今の自分はご機嫌なのかと問いかける。

この空気がたまらなく幸せだ。


「エステル、俺に渡すものあったりしないか?」

「!?」


分かりやすく顔に出す彼女はなんて可愛らしいのだろう。

温室で大切に育てられた花を手折ることに罪悪感が胸を巣食う。

そんなものすらひっくるめて、何て甘い毒なのだろうと肩を震わせた。


「エステル」


彼女に気づかれるより早くその距離を埋める。

そっと抱き寄せる。

さすがに悪戯心が勝って意地悪しすぎたのだろう。

彼女に突き飛ばされてしまった。

拒絶されたとへこむ必要などどこにもない。

すべてが愛らしい抵抗だ。


「悪かった。ごめんな、エステル」

「ごめん、じゃありません。わたしがどれほどドキドキしているか、貴方は知るべきなんです!」


これもまた可愛らしい抗議だ。

自分よりも彼女は心を震わせてくれているだろうか。

それを比べる術はない。

そのことが寂しくて、ちょっと悔しい。

きっと、彼の方がエステルの何倍も彼女を想い、心を震わせているのだから。


「エステル、捕まえた」


彼女の手首を優しく拘束する。

その手にはチョコレート色の小箱。

ちらっと見たところ、店名は入っていない。

手作り……だなんて調子に乗ってもいいだろうか。


「ちょ、違います。誤解です!」


必死にその箱を隠そうとしている。

彼女の望むようにさせたいと思いつつも、自分の欲望には勝てない。


「これは、わたしのものなんです。貴方のために用意したものじゃないんです!」


チクリと痛む言葉が耳に届いた。

一瞬で彼の温度が下がったことに気づかないエステルではない。

表情は泣きそうなものに変わり、現状を乗りこえる方法を考えているようだ。


「エステルは、俺のこと好きだろ」

「……はい」

「だったら!」

「でも、これは――」



2016/05/21



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